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川上業界の戦略的分析
1. 致命的な欠陥をもった日本の繊維素材産業
日本の繊維素材産業の致命的な欠陥は、川下と呼ばれるリテールマーケットと完全に情報が遮断されていることである。最近は国内大手紡績メーカーがユニクロなどの大手と組んで機能素材の開発に注力しているが、このような「点の取り組み」では、継続的発展性のある取引は難しく、またいずれ中国などの素材メーカーに同じようなことをされるのは明らかである。素材を開発する側から言っても、日本の素材メーカーとしなければいけない理由は全くないからである。それでは、川下との継続的なアライアンスとはいかなるものであろうか。イタリアの例をもって説明したい。まず、イタリアの紡績と日本の紡績を比較すると、その発想が完全に違うことに驚かされる。日本の紡績の商品アイテムは、生産設備を前提としたコレクションが中心となっている。たとえば毛紡(梳毛紡績)であれば、原料のマイクロンと番手のマトリクス型のコレクションが中心となり、せいぜいこれにレーヨンやアクリルが混紡された程度だ。また、微妙な違いしかない、似たようなコレクションが数千もあり、専門家でも触っただけではその違いがわからないものが大量にあって、選ぶ側は訳がわからない。これに対して、イタリアの紡績は、アパレルのデザイナーがイメージしやすいような編み地と色の提案を添えて、「知的空間」「ロボット」など独自のワードとテーマでカテゴライズし、多くても50素材、通常でも2-30素材を一年間に売り続けるのだ。以前、日本の紡績の方になぜ日本でもこのようなことをしないのかと訪ねたことがあるのだが、彼らの回答は決まって「日本のバイヤーは要求が非常に細かく、多彩なコレクションを持っていなければ対応できない」という答えが返ってくる。しかし、専門家が触っても違いがわからないようなコレクションが、いかなる要因でデザイナーに選ばれているのか、どのような理由で使用されているのかをしっかりと検証しているとは思えないし、まず彼らはやっていない。また、素材の調達がこれだけグローバルになったのに、日本のマーケットは、などと言っているところがそもそも時代錯誤である。
2. マーケット主導型のコレクションとは何か
日本の素材の専門家にイタリアの素材の優位性を語ってもらうと、彼らの素材に対する職人的なこだわりをあげる人が多いのだが、それは間違っている。少なくともデザイナーたちはそのような理由でイタリアの素材を選んではいない。意外に思われるかもしれないが、デザイナーがイタリアの素材を選ぶ理由は、その総合的な使いやすさなのである。ニット糸を例にとって説明しよう。イタリアのニット糸供給メーカーは例外なくサンプル糸を染めた状態で在庫し、世界中に供給できる体制を自社でとっている。また、イタリアの素材メーカーは例外なく自社の染工場で染めて、染め糸で供給するが、日本の素材メーカーは、供給は商社任せ、染めは染色工場任せという有様だ。どちらが使う側からいえば使いやすいか説明の必要はないであろう。また、イタリアのコレクションは、毛紡績であっても綿糸がはいっていたり、綿紡績であっても、麻糸があったりと、素材と素材がコンセプト的にリンクされ、使う側から言っていろいろな展開がしやすいのである。当然、これらの本業以外の素材は、他の紡績から買っている(賃紡)のだが、使う側はそんなことは関係ない。要は、自社の生産設備を起点にコレクションを造っているのか、顧客のニーズを起点にコレクションを「揃えて」いくのかという発想が決定的に違うのである。このようにイタリアの素材といえば、職人的な神話性ばかりが強調されるが、その根底にはあくまでも顧客の立場に立脚した科学的なビジネスモデルが存在するのである。
3. アジアの素材供給能力
このように無敵の神話を誇ったヨーロッパの素材供給メーカーにも、その神話に陰りが見えている。まずイギリスの紡毛紡績は完全に中国に食われ、伝統的なシェトッランドの供給メーカーがばたばたと倒産・廃業している。また、イタリアのプラト地区の意匠素材供給メーカーも淘汰の波にさらされており、台湾や中国などに模倣されている。イタリアなどは未だに「イタリア素材」というブランドに守られている部分があるが、それももはや通用しなくなるであろう。基本的な生産技術は現在ではほとんど中国で生産することが可能なのだ。また、中国製の素材といえば風合いが硬くごわごわしたイメージがあるかもしれないが、それは昔の話であって、今では素材の専門家でも中国製の素材とイタリアの素材を見分けることは不可能である。中国がこのように力を付けてきたのは世界中から素材開発の能力が集まったということだけではなく、中国自体が世界中の衣料品供給の中心(サプライハブ)となって、繊維クラスターを作り上げていることにある。こうした立地的な利点に加え、複雑な生産工程を一元管理するための文化的な制約から欧米の素材供給ベンダーもはみ出しをくらい、アジアの素材供給能力が高まってきたのだ。
4. 日本の素材産業の生き残りのために
こうした状況の中、イタリアの素材産業は未だ中国が模倣できない強みをもっている。それは、「色」である。サプライチェーンの本を読めばベネトンの後染めの話がかならずでてくるが、繊維製品の生産工程は通常でも数ヶ月、どんなに急いでも一ヶ月はかかるのだが、このサプライチェーンの中のもっとも大きなボトルネックは染色であるということは意外と知られていない。業界では有名な言葉に「アパレル製品の欠陥の7割は素材に起因し、その素材の欠陥の8割は染色に起因する」というものがある。染色という地味な仕事は非常に弱小産業であるにも関わらず、非常に高い専門性と品質管理が要求されるのだ。また、その圧倒的な数の少なさからピークシーズンには一気に大量の受注が染色工場に集まり、まったくパンクした状態となって納期遅れの大きな要因になるのである。これに対して、イタリアの素材メーカーは伝統的に色を付けた状態で糸を在庫することができる。これは、使用する側からとってみれば、非常に使い勝手がよい。なぜなら欲しい色の欲しい素材が、発注したらすぐに手に入るからである。これに対して、技術的にはイタリアに遜色のない中国の素材メーカーは色を付けて在庫することはできない。なぜなら、彼らはどの色が売れるかわかっていないから、色を付けた瞬間、帳簿上の不良資産となるのである。イタリアの素材メーカーは政府などの支援を受け、世界的な素材展示会を業界全体で行い、色の提案や発信を世界中に行っている。こうしたトレンドをクリエーションする力をもっているから、イタリアは色というもっとも不確定な要素で市場の後を追いかけなくてもよいわけだ。
このように、日本の素材産業も市場のニーズに立脚した供給体制に転換する必要がある。そのCSF(クリティカルサクセスファクター)は中国を起点としたグローバルロジスティックの構築である。日本という立地の最大の強みは、素材の最終消費者(アパレル企業)が、日本に多くいるということだ。アクリルなどの化合繊繊維のように未だ国際競争力をもつ原料は別として、二次原料と呼ばれる加工品は、可能な限り川下とタイアップし、国境を越えた生産体制をとる必要がある。たとえば、国内生産にこだわることなく、イタリアから色のついた原料を買い、台湾で加工をし、香港で在庫をもつなどの、素材ロジスティックコーディネーターとしての機能を日本で作り上げることが大事なのである。世界のもっとも強いところを総合的にコーディネートし、アパレルなどの顧客に「ソリューション」として提供できる仕組みをつくるべきだ。「自国の生産設備」や「必要以上の技術」に固執するのではなく、素材のコーディネーションをビジネスとしたソフト提供を戦略の柱におけばよい。一部の人が言っている、日本の文化である和紙、竹、草木染めなどを強化すべきだという主張は、このビジネスを知らない人間の言葉である。ニーズのないところにものを持っていってもビジネスは成功しない。そういう人には、「あなたは和紙や竹でできた服を着るのか?」と聞けばよい。この発想を持つことが日本の素材産業に必要なのである。
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