フレームワークから考えてはいけない
2007年7月28日 by 創設者 河合 拓
みなさんはフレームワークという言葉を聞いたことがあるだろうか?フレームワークというのは、考え方の公式のようなものだ。例えば、コンサルティングファームなどは、多くの企業の問題解決を手伝っている。そして、多くの事例からそれぞれのファーム独自の「問題解決の方法」を体系化し、同じような問題に遭遇した時、そのパターンを何度も利用できるようにしているのである。
このフレームワークというのは、考え方の整理をするときに非常に便利である。例えば、ブレインストーミングをして、企業の問題を分析していたとする。ブレインストーミングだから、ありとあらゆるテーマや意見が抽出されたが、出されたそれらの意見やアイデアで、必要な論点の全てを検証できたかどうかは分からない。そういうときに、フレームワークを使うことができる。たとえば、企業の流れは3つから構成されており、それは、物流と商流と情報流であるというフレームワークがあれば、ブレインストーミングで抽出されたポイントを、そのフレームワークに合わせて、各ポイントにもれがないかどうかをチェックしていけばよいのだ。このように、フレームワークというのは、アイデアや考え方を整理するのに非常に有効で、ばらつく可能性がある人のアイデアなどを平準化し、横道にそれないように制御することが可能になるのだ。
2.巷にあふれるフレームワーク
フレームワークというのは、勲章みたいなものだ。多くのフレームワークを開発すればするほど、そのコンサルティングファームは権威を誇示するととができる。それは、あたかも、有名な学者が、なんとかの理論を発表したというのによく似ている。企業も数千人規模になると、もはやわけが分からないほど機能が複雑になり、そのメカニズムを解きほぐすのは、もはや学問の世界に近くなってくるのである。
いずれにせよ、企業の問題というのは単純にこれだと言えるほどその構造はシンプルではないため、このような体系化、理論化が有効になるのである。従って、問題解決のプロフェッショナルであるコンサルティングファームは、自らが開発したフレームワークを惜しげもなく書物などで公開し、その権威と力を見せているのである。その典型的な例が、最近書店に山積みされているコンサルティングファームが出版している書物である。書店では、ビジネス書が売れているという。多くの人が必ず何らかの形で働くわけで、だからこそ、その会社の問題をいかに解決するかという本が売れるのだろう。みんな会社に不満を持っているし、会社に問題を感じている証拠なのだ。そこで、こうしたコンサルティングファームが出版しているフレームワークを読むと、魔法の杖を手にした気分になり、次の日から早速使ってみたくなるのだ。
例えば、よくあるケースが、課長などが企業の研修でドラッカーなどの言葉を学び、「社員を叱ってはいけない。部下は褒めろ」と書いてあるのを読んで、次の日から急に優しくなるというやつである。このように、このフレームワークというものは、極めて平易に書かれているために、また、なんとなく知的に思えるために、使ってみたくなる、いや、使わないにしろ、言ってみたくなるのが人情なのだ。
3.フレームワークのマジック
例えば、あなたがラーメン屋を経営しているとする。その時、どうすればもっと売上げが上がって利益をだせるか悩んでいたとする。そして、あなたはじっとお客さんを観察しはじめる。そうしたら、田中さんは毎週土曜日の昼にラーメンを食べに来ていることがよく分かった。しかも、田中さんは、いつも友人を連れてくるのだ。さらに、田中さんに連れてこられた友人はさらに、そのラーメン屋に通うようになっていることがよく分かった。一方、あなたのお店に来る客の多くは一見さんで、おそらく、先月雑誌に紹介された記事をみて来た人がほとんどだったとする。彼らは、あなたの家の近くに、旅行や、何かのついでにきた人ばかりで、二度と戻ってこない。そう考えると、あなたは田中さんに焼き豚をサービスで通常は2つ入れるのを3つにするアイデアを思いついた。
さて、このような日常的な試行錯誤を繰り返し、あなたはラーメン屋を経営しているとしよう。その時、あるコンサルタントが「パレートの法則」というものを紹介してくれた。パレートの法則というのは、利益の80%は20%の客から生み出されるという経験値から導き出されるフレームワークである。「河合さん、実はこの現象はパレートの法則というのです」という説明を受けたところ。あなたは妙に納得した気になるのである。
このように、人は頭にぼんやりと浮かんだことや、なんとなく思いついたことを「なんとかの法則」といって説明してもらうと、なんとなく分かった気になるのである。これを「暗黙知の形式知化」というのだが、ここで大きなポイントとなることは、頭の中にあるAという事象や法則が、人間界で使用されている「言葉」によって表されただけであり、そのAの内容は、大きくもなっていなければ、小さくもなっていない、つまり、何の変化もないということなのである。よく考えて欲しい。あなたが経験として知っているものが「パレートの法則だ」と言われただけで、何がどう変わるというのだろう。なにも変わりやしない。ただ、「ああ、昔の偉い人が私の考えと同じ事を言っていたのか」と妙に安心するだけなのである。ここに「認知論」におけるフレームワーク本質が存在する。そう、フレームワークというのは、「認知」の手法なのだ。
4.フレームワークの誤用の例
最近、このフレームワーク、コンセプトなどが極めて安易に誤用されている。もっとも良い例が、サプライチェーンマネジメントである。サプライチェーンマネジメントというのは、ITをつかって物流をトータルにコントロールし、キャッシュフローの増加、在庫の削減などを実現するマネジメント手法なのであるが、このSCMという言葉はあまりに安易に使われており、企業によっては、パソコンを導入してE-MAILを入れればSCMだという有様だ。とくに、90年代後半の商社のほとんどが、e-mailを導入するレベルでSCMだといっていた。
また、本来、サプライチェーンマネジメントというのは、その考え方(TOC)やコンセプトがすばらしいのであって、ITの製品名ではない。ところが、大学出たてのプログラマーが名刺にSCMコンサルタントという肩書きをつけ、需要予測モジュールがどうだ、MRPがどうだ、そのパラメータの設定がどうだと口々に叫び、サプライチェーンとは、自分の会社のモジュールを入れることだと考えている人間がほとんどになっている。今は、サプライチェーンといえば、ITのモジュールになってしまっているのだ。
もはや彼らの頭の中にはスループット会計もTOCもない。ただ、自分の会社の製品の特徴があるだけだ。
さらに、呆れる広告をみたことがある。あるWEBで、「あなたの会議の生産性を高めませんか?」と書かれてあり、自称「会議の設計」を学校の講師としてやっている私としては気になって、その手法を読んでいたところ、なんと、「グループワークウエア」のソフトウエアを導入しましょう、という会社のキャッチだったのだ。
5.フレームワークの正しい使い方
もう一つ笑い話をしよう。これも実際にあった話だが、ある商社の海外調査をした時であった。海外の関係会社の調査をして、その業務の差異、類似性を分析したところ、あるコンサルが、ポーターのバリューチェーンを使って説明し、クライアントから大ひんしゅくをかったことがあった。クライアントが知りたいのは、自分の海外の関連会社の間で、どこの業務が異なり、どこの業務が類似しているのかという関係図だ。マイケルポーターのバリューチェーンなどなにも関係ないのである。
同様に、私も大手の外資系のファームにいたときに、無理矢理グローバルのビジネスプリントを使え、と上からお達しが出て、クライアントのビジネスシステムを、それに当てはめて業務設計をしていったことがあるだが、そのビジネスプリントが「使えない」のだ。おそらく、海外の業務をベストプラクティスにしているのだろうが、首をかしげるようなプロセスが山のようにあって、これも大ひんしゅくだった。
このように、フレームというのは、考え方を整理、チェックするには有効だが、それを前提に乱用するととんでもないことになる。分かりやすい例で言えば、血液型だ。例えば、あなたは血液型Oだから、Bとは合いませんと愛しい人から交際を断られたらあなたは納得するだろうか。このように、一般的にこうであるというのは、必ずしも個別の事象には当てはまらないし、むしろ、当てはまらない方が多いのである。
私は敢えてこの文章を書いたのは、とにかく昨今のビジネスマンは、自分の頭で考えることを放棄し、このような定形作業で問題を処理しようとする傾向があり、事業会社の中で多くの評論家集団を生み出し、生産的な議論の阻害と、課題の本質に近づくための機会をなくしていると考えているからだ。当たり前すぎて言うのも恥ずかしいのだが、人間とは考える存在である。ツールというのは、考えを手助けする手段としては極めて有効だが、それが100%になってしまうと、危険であるというのが今回もっとも強調したい点である。
私は、「考えること」と「自分のインサイトを出すこと」で付加価値を出していると自負している人間の一人だ。ツールを沢山知っている、パターンを沢山知っているというのは、確かに大事なのだが、付加価値の本質的な源泉は、仮説構築力、すなわち、自分自身のインサイトをどこまで作ることができるか、ということだと強く考えている。
この文章は河合拓の個人ブログ 「事業再生コンサルタント河合拓の視点」の過去のものから抜粋しています
もっと読みたい方は→FRI Magazine: http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/09/P0000975.html
【著者】
河合 拓 (かわい たく)
経営コンサルタント 広く流通、小売業界に対して事業の立て直し、組織改革などを行っている。得意領域はマーケティング、事業戦略、生産性向上、営業改革、ナレッジマネジメント導入など。手がけた企業は国内外の大手上場企業。製造業、IT 企業、総合商社、流通企業など。赤字の上場企業を半年で黒字化させるなど、過去5社の立て直しを行いすべて成功裏に終わっている。
NPO法人FRIの設立者(現在はシニアアドバイザー) 自民党への政策提言、私立大学と大手商社と産学協同ブランド開発プロジェクト、大学生向け就職支援、中小企業向けコンサルティングなどを行っている。
ベンチャー事業会社経営顧問(社長付け経営戦略アドバイザー)グローバルに展開するアパレル企画会社の社長直属の戦略アドバイザーを務め、アジアに展開するブランド戦略に関する立案を支援している。また、公開企業のコンサルティング事業部、部長代行も勤める。
(講演、執筆)
繊研新聞 (全国紙)
「間違いらだけのQR」「ファッション業界は08年に起きる地殻変動に備えよ」連載
チェーンストアエイジ 「キャッシュフロー経営」
大手都銀向けビジネス雑誌寄稿
大手製造業向けビジネスマガジン寄稿
政策学校一新塾 (大前研一設立) 講師
「ロジカルシンキングと会議の設定」
「仮説構築と情報収集、分析の技術」
「プロジェクトマネジメント」
「モチベーションマネジメント」
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