女性社員の扱い方

最近、女性社員に嫌われ、窮地に追い込まれた管理職の話をあちこちで聞く。女性社員は、嫌いな人に対しては「嫌い」とハッキリ言う傾向が強く、とくに女性社員に対しての扱い方が下手な男性社員が槍玉に挙げられるということが起きているのだ。
銀行や商社、古い体質のメーカーなどでは女性社員は「事務職」と呼ばれ、男性社員のサポートをする職種であり、お客さんが来たらお茶をいれたり、男性の営業が取ってきた契約をシステム入力したり、いわゆる「雑務」を中心にやっている場合が多い。その世界観は極めて日本的というか、男性社員も女性社員も、そういう仕事の棲み分けに疑問を持っておらず、逆に、良い意味でバランスがとれていた。
例えば、事務職の女性は仕事の最前線の「切った張った」の世界に口を出さない代わりに、いかにしたらオフィス環境が快適になるか、男性社員が働きやすくできるかということを職場討議で考える。朝早く来て男性社員にお茶を入れてあげましょう、とか、郵便受けが課毎にバラバラに置いているのは無駄だから集約しましょう、とか、回覧板のルールを決めましょうとか、男性にとってみればまさに「社内妻」だ。事務職の女性も、オフィス環境に関してはしっかりものをいうし、男性社員も女性社員の自主性を尊重する。その意味で女性社員は「大和撫子的プライド」をしっかり持っており、男性社員もそんな女性社員を尊敬しているという構図があった。
旧体質の日本企業で飲み会に参加するとおもしろい。鍋などの料理を食べに行くと、必ずグループ毎に女性社員が座り、鍋をつくって男性社員に取り分けてくれる。男性社員は「xxxちゃんの作ってくれた寄せ鍋はおいしいよ」と顔をデレデレさせて喜ぶのだ。だから旧体質の日本企業では社内結婚が非常に多い。「日本の会社で仕事をしっかりできる女性」は、結婚しても男性を助け、家庭を支えられる女性になれる、と信じられていた。「事務職」は「婿さん捜し」であり、「花嫁修業」なのである。
日本企業では、男性社員はお昼になると「決まった相手」と社食のランチにいく。話す内容は、昨夜見たナイターの話か、来週いくゴルフの話。若い連中であれば今夜行く合コンの話だけだ。こんなことを10年、20年と延々と続けていくのだ。これでは新しい発想など出るわけがない。私はこういう集まりが苦痛で仕方なかったし、(自慢じゃないが)割りと女性の友人が多かったので、課員とは一緒に行動せず、経理部とか広報部の魅力的な女性といつもランチに出かけていた。
その時の経験からいっても、頭の中に「部長の顔」と「ゴルフとカラオケ」と「合コン」のことしか無い日本男児の頭から新しい発想など生まれようもない。硬直化した組織に新しい風を吹き込むのは、人口の半分を構成する女性社員の活用以外にないのである。
【女性社員は違うと考える】
私が新入社員だった頃、男女雇用機会均等法が施行され、企業も女性を総合職に採用し残業もしっかりやってもらう、など、「平等主義」が流布された時代があった。当時の印象は、「同じ給与も与えるし、同じ責任も与えるから、男性と同じレベルで怒鳴りつけるし、つらい仕事もやってもらうぞ」という鼻息の荒さを感じていた。私も、それが公平だと思っていたし、フェアだと感じていた。
男女雇用機会均等法に乗っ取って、私のいた日本企業も女性事務職から総合職への転換を社員に促した。しかし、誰一人総合職に応募する人はおらず、「いよいよ女性の課長登場か」などと期待していた私の気持ちは裏切られてしまったのである。
今考えてみれば、当たり前だ。「男性と同じ程度につらい仕事を与えるから覚悟しろよ」などと脅されて、喜んで手を挙げる女性社員などいるはずがない。お昼も男性ばかり集まってゴルフの話をし、夜は取引先の社長とキャバクラに行く、海外出張ではトイレもない中国の奥地に出かけ、売掛金が滞留したら経理部の部長に人格さえ否定される勢いで怒鳴りつけられる。そんな職場環境を前提としている以上、男女雇用機会均等法など絵に描いた餅なのだ。
当時の職場の雰囲気は、「それ見ろ、やっぱり女性には無理じゃないか」というものだった。彼らは、自分たちの仕事のやり方自体が間違っているということに気づいていないのだ。彼らからしてみれば、男性社会で上手くいっている。(にもかかわらず)いきなり女性を入れろと(お上から)言われた。まあ、確かに民主主義の世の中ではそれも一理ある。本当に男性と同じことができるなら、女性にも門戸を開いてやろうじゃないか、という理屈なのだ。
まず、外資系企業では、お昼は決まった人たちと食べに行くという文化がない。社員はメールで社内の人、社外の人にアポイントを取り、自由にランチを食べに行く。時間も個人の裁量に任されており、11時に出る人、13時に行く人など様々だ。職場は禁煙が当たり前、壁にはセンスの良い絵が飾っており、コーヒーメーカーも置いてある。コーヒーは飲みたい人が自分で勝手に飲めばよいという発想だ。
残業もしたい人はしているし、早く帰りたい人は早く帰っている。部長が残っているから帰りづらいという雰囲気は一切無い。毎週、新橋の居酒屋で愚痴大会を開くこともない。女性と二人で食事に行っても社内で噂が立つということもないし、結婚式に席の順番とスピーチの順番で頭を悩ます必要もない。
取引先の接待でキャバクラに行かなければならないということもない。そういう接待もあるにはあるが、その時は慣れた男性社員に任せればよい。女性社員であればフレンチやイタリアンなど女性が喜ばれる接待で十分なのである。
以上のように、男性を前提とした職場環境に「平等だから女性も合わせろ」などというのがおかしいのだ。「機会」はあくまでも平等であるべきだ。しかし、「流儀」まで同じでよいという道理はない。女性と男性は(やはり)違うのだ。ここが分からないオジサン達が多いのである。
【女性社員へのマネジメント】
職場で働いていると、男性の上司が女性社員に怒鳴りつけて、女性社員が涙を流しながら徹底抗戦をしているという場面に出くわすことがある。男性社員であれば、男性の上司から怒鳴られたらうつむいてハイハイと沈黙しているだけなのに、女性社員は理不尽と感じたら徹底抗戦する。
男性上司から見れば「女性は扱いにくい」となるし、女性社員から見れば「人前で怒鳴り散らし、権力をたてに好にやる野蛮人」となるわけだ。こういう管理職は早晩女性社員から嫌われ、いつか、その上の上司に対して直通メールが送られ、「あの人がいる限り職場には来れない」と嘆願され、管理職の力なしと判断される運命になる。私は、こういう管理職を沢山見てきた。
私は、この女性の対応は正しいと思う。マネジメントという領域を勉強すればするほど、旧式の管理職のマネジメントのまずさが見えてくる。まず、「怒る」という行為である。マネジメント的に言えば、「怒る」というのは最後の手段だ。部下がミスをおかした場合は、やる気がないからか、スキルがないからなのかをじっくり分析する。スキルがない場合は絶対に怒ってはいけない。上司が注意をするケースというのは、スキルがない場合ではなく、やる気がない場合だけなのだ。しかし、旧体質の管理職は「そんなミスをするのはたるんでいるからだ!」と、全てを「やる気」のせいにして、怒鳴り散らす。つまり、この管理職はマネージャーとしての資質に欠けているわけでだ。
旧体質の管理職は、「褒めることなんて恥ずかしくてできるか。俺は、間違ったことはみんなの前でビシッと言ってやるんだ」というマインドで行動する。これは、まさに男性社会という均一化された組織の中に生まれた「裸の王様」であろう。男性社員に「役職者」というだけでチヤホヤされ、このようなマネジメントの最新理論を学ぶことなく、自己流でやってきた。昔の右肩上がりの時代に、(いわば)何をやっても成功する時代に、軍隊式の上司にたたき込まれたやり方が体に染みつき、それを「今も正しいこと」として女性に対してもやっているわけである。これでは、男性社会の理論を(結果的に)押しつけているだけであり、女性社員のマネジメントができているとは言い難い。
どうだろう。「女性社員の扱い方」の中に「仕事力」との強い関係性が見えてきただろうか。これからの時代は、女性社員の扱い方が上手くなければ、(というより、まともなマネジメント力を身につけられなければ)新しい競争社会は乗り切っていけなくなる。
【著者】
河合 拓 (かわい たく)
経営コンサルタント 広く流通、小売業界に対して事業の立て直し、組織改革
などを行っている。得意領域はマーケティング、事業戦略、生産性向上、営業改革、
ナレッジマネジメント導入など。手がけた企業は国内外の大手上場企業。製造業、IT
企業、総合商社、流通企業など実績多数。
NPO法人FRIの設立者(現在はシニアアドバイザー) 自民党への政策提言、私立大学と大
手商社と産学協同ブランド開発プロジェクト、大学生向け就職支援、中小企業向けコ
ンサルティングなどを行っている。
ベンチャー事業会社経営顧問(社長付け経営戦略アドバイザー)
グローバルに展開するアパレル企画会社の社長直属の戦略アドバイザーを務め、アジアに
展開するブランド戦略に関する立案を支援している。
河合 拓(かわい たく)
(講演、執筆)
繊研新聞
「間違いらだけのQR」「ファッション業界は08年に起きる地殻変動に備えよ」連載
チェーンストアエイジ 「キャッシュフロー経営」
大手都銀向けビジネス雑誌寄稿
大手製造業向けビジネスマガジン寄稿
政策学校一新塾 講師
「ロジカルシンキングと会議の設定」
「仮説構築と情報収集、分析の技術」
「プロジェクトマネジメント」
「モチベーションマネジメント」
FRI Magazne
http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/09/P0000975.html
この記事の評価(平均点): 4/5 (これまで 4 人が評価しました)
FRIではご覧になった皆様の評価を常に大切にしています。良い評価も悪い評価も執筆者の大きな励みとなりますので、お気軽に☆マークをクリックしてこの記事を5段階で評価してください。



スタッフ 木原 工
副理事長 三島 正寛
スタッフ 宮崎 善輝
理事長 清水 知輝

この記事へのコメント (2件)
私の上司が旧体質ですね。
部下より、自分の上司の事しか見ていない
自分の分からない事を、私が知っている事が気に入らない
だから、分からない事は、全て私に、押し付けて来た
私は、素直に受け入れ、出来る事は出来るだけ処理する。仕事をする上で当たり前です
その人が気付かない事を、率先してすると、許可を貰って動いているのかと、暴言を吐かれた
気が付けば、その場で対処するのが、当たり前ではないのか?
我が会社はグループ会社3社が、一つの建物で、共同利用している
。ポスター1枚剥がれて居ても、許可無く直すなと・・・・
なんと、常識の無い人間なのだろう
自分の仕事しか、仕事では無いと言い張るひと
こんな会社は、伸びる事は無いだろうと思う
私は直、期間雇用社員だから、お払い箱だ
でも、正しい事は、正しいと思いたいし、実践します
他の会社の上司にも、話をしました
『向こう三件、両隣』的日本の良い慣習は会社でも、当て嵌まる筈と信じています
これは、女性だから、考える事ですか
どう感じられますか?
投稿者: 小鉄 | 投稿日時:2008年05月03日 15:27
このコラムでは、男社会での事象と女性社員がそれに寄り添ってきた歴史の変化について詳しく書かれていて「たしかに、そうそう。」と幾度もうなずいてしまいました。
「男社会」VS「女性の甘え」のような構図は現在はずいぶん形を変えているように思いますが、一部(もっとか・・!)の男性には、こういった世の中の変化をほとんどご存知でない方もいらっしゃいますし、多少知っていても、女性との対峙を好まず、力でねじ伏せようといたしますね。なぜか・・
根本的に、支配力を発揮したい方と依存したいかたとの関係ともとれますし。そう考えると、職場の対立構造は男女で分解するだけでは表せないのかもしれません。永遠の謎・・でしょうか。
投稿者: 北島敦子 | 投稿日時:2008年08月27日 15:38