なぜ企業買収(M&A)は失敗に終わるのか~減損は起こるべくして起きるその仕組み~
2018年3月28日 by 理事長 清水 知輝
最近、M&Aした会社の大幅減損の話がよくニュースに出てきていて、その金額の高さに話題を集めたりしている。
M&Aの場合、多くの関係者、金融・法律・会計等々の優秀と言われる専門家が関与し、多大な手数料を払って実行されるので、多くの人はそれだけお金をかけているのだから、減損、つまり買収された会社が思ったよりも収益を生まないのは、買収した側の会社の能力が低いのだと思いがちだ。
しかし、実際には、買収企業の肩を持つわけではないが、元々減損が出やすい環境が整っており、減損を出さない会社が優秀と言える世界なのである。
減損は起こるべくして起こっている。その理由を簡単に述べたい。
(※会計的な減損の仕組みではなく、なぜ買った通りの価値が出ないのか、というビジネス的観点で書いているので注意して貰いたい)
減損が起きる理由は、大きく三点ある。
(1) 価格決定の非合理性
(2) 事業計画の見通しの甘さ・不正確さ
(3) 意思決定時における責任者の欠如
この三点が、ほとんどの企業において存在しており、だからこそ減損は多くの場合で起きることが常態化している。
これら三点について、一つずつ説明をしていきたい。
【価格決定の非合理性】
端的に言えば、オークションで競り合うのと同じ、であるため、最後は合理的な値付けにならないという理由である。
M&Aされる企業は、量産品ではなく一品ものである以上、最終的な値付けは感情によるところが多い。
企業価値の算出という意味で、一定の目安となる数式等は存在するが、ゴッホの絵の価格を合理的に説明できないように、また、M&A企業の売却額も合理的な(常識的な)金額にはならない事が多い。
高値で買えば、当然ながら減損リスクは高くなる。
それぞれの立場から見てみると、
(1) 買い手
欲しい人が複数いれば、競争になり、本来持っていた各々の目標価格よりも高くなりがち。
売る側も、出来るだけ高く売りたいので、不確定だが高くなる要素をたくさん出してくる。
欲しいと思う人が増えれば増えるほど、希少価値が高いと考えて貰えるほど、合理的な価格からは乖離した高値になってしまう。
(2) 売り手
売り手としては、とにかく高く売りたいのと、安く売ってしまうと株主から訴訟を起こされるリスクもあり、企業単体で持つ価値以上の高値で売るのが当然、となってしまっている。
そうなれば、高値で売れない限り、短期的に売らなければならない事情がない限り、他の買い手を探すなどして、合理的な価格では売ろうとしない。
売買が成立しなければ、仲介業者も儲からないので、また、高値で買ってくれる他の買い手を一生懸命に探すことになる。
これによって、より合理的な価格からは乖離することになりやすい。
(3) 仲介者・専門業者
一般的に、売買成立額の○%という形で手数料等が決まるため、基本的に高ければ高いほど良い。
これは、買い手側も売り手側も同じである。
そのため、こういった周辺事業者は、安くなることは嫌がっても高くなることを避ける者はいない。
こういった三者三葉の理由であっても、ベクトルが高値を付ける方向に向いているため、M&A価格は合理的価格から乖離して、高額化するのである。
【事業計画の見通しの甘さ・不正確さ】
M&Aは、特に事業会社の場合、いわゆる「シナジー効果」(買ってきた事業の収益性を買う側の企業力で向上させる、あるいは、買う側の収益性を高めることで得られる企業価値の増加)を含めて、収益性が高まり企業価値が上がるかにより、価格が決定される。
しかしながら、2つの要素により、シナジー効果を出す大本である「事業計画」が非常に不正確なので、算出される企業価値の向上部分が未達に終わる。
(1) 既存事業の予算計画の甘さ(自社の来期計画すらずれている)
多くの教科書には、シナジー効果には見通せない部分があるからそこはリスクとして見る、と言ったようなことが書かれている。
しかし、実際には、シナジー効果以前に、元々の企業の事業計画自体が不正確である。不正確なものに基づいて、シナジー効果を算出したら、更に不正確さが増すだけに終わるのだ。
そもそも企業価値の算出には、来年度どころか、中期経営計画レベルの期間の長さが必要だが、多くの企業において、中期経営計画の精度が高いところなどない。
もし精度が高い企業があれば、それは完全に見通せる事業のみで見積もっている、すなわち、チャレンジしていない事の裏返しであり、それはそれで逆に経営姿勢として課題があるとも言える。
これは、M&Aされる側もする側も同じことが言える。
M&Aされる側の事業計画の合理性は、事業についての深い知見がないとそもそも測れないし、金融系のサービス提供者ではまず無理である。
買い手がそれを判断する訳だが、M&Aする側も上記のように、自社の見通しすら精度高くできないので、現実的には難しいことが多い。
(2) シナジー(相乗効果)の見積の甘さ(技術や将来性)
シナジーとは、M&Aされる側の企業資源を使って、自社の事業を大きくする、あるいは、M&Aされる側の事業を大きくすることで生み出される部分である。
ある程度簡単に見積りやすいのは、国内事業だけで海外事業を持っていない企業が、海外事業を持っている会社を買収し、その販路やメンテナンス拠点を活用して、自社の商品を海外にも展開するケースである。
しかし、これですら、海外各国のマーケット状況に合わせたカスタマイズ(法令や趣味嗜好、国民性の違いなど)が必要になるため、すんなりとはいかないケースが多くを占めている。
更に言えば、技術力という将来性を買う場合などは、その技術の将来的市場性をはかる必要があり、多くの場合は失敗に終わる。
それは、自社の持つ資源を正確に理解しておかなければ、そもそも対応可能か、あるいは、相互補完になるかの判断がつかないからだ。
シナジーの見積りほど、知見や企画力を要することはないのである。
そして、残念ながら、多くのケースにおいて、M&Aの決定はそういった力を持つ人達とは異なる者が担ってしまっていることが、大きな問題点の一つと言えよう。
上記二つとも、日本の大企業は特に当てはまりやすいことも申し添えておく。
海外では、悪影響も多いが、短期での計画の整合性をより問われている。それが故に、曖昧な事業計画は立てないし、減損リスクも明確にして進める。また、何が不足しているかを理解し、そこを補填するためにM&Aを行うという明確性を持つ企業が多く、非常に計画的で方向性も定まっている。
自社では○○が不足するから、という明確な理由でM&Aを進めるのた。何となく日本市場が縮小するから、海外に活路を見出す、という一般論で決めてしまう日本企業とは、文化的背景含めて異なるのかもしれない。
【意思決定時における責任者の欠如(投資評価委員会という無責任組織)】
M&Aをかなり高い確率で失敗に終わらせない会社が一つある。
それは、ソフトバンクだ。
では、ソフトバンクは他社に比べてM&Aに関する能力が非常に高いのか、と言えば、実はそうではない。
何が違うのかと言えば、経営者を筆頭に、M&Aの際のビジョンとM&A後にそれを徹底して実現しようとする強い意志がある、という点が、他と大きく異なる。
多くの会社で、M&Aについては「投資評価委員会」のような別組織を作り、一部の経営陣が合議で決定している。
これは、社長一人が会社を傾けるような投資を決定し、失敗した時に会社を潰してしまう、というようなことが、バブル期に多数あったことへの反省から作られた仕組みであるが、今はそれが大きな足かせになっている。
M&Aに必要なのは、そのM&Aと関連する事業の事業計画を絶対に遂行する、という意思、すなわち責任感に他ならない。これは、M&Aに限らず、新規事業全般について言えることだが、投資評価委員会は、そもそも事業責任者が入っていない事が多いし、合議で決めるので委員会としての責任者もいない。いても、結局社長なので、社長が一人で決めるよりも気が楽になっているだけに終わっているか、社長の描いたシナリオ通りに進んで終わることが大半だろう。
第三者機関であることが、無茶な投資を防止する意味で必要であるにせよ、事業に対して直接責任を負わない組織が、投資決定の最高機関というのはいかがなものであろうか。せめて、委員会メンバーの誰が投資案件についてフォロー役として責任を持つのか、くらいは決めるべきだ。
それに、投資評価委員会の役割を、ストレステストを実施した際に、どの程度の赤字が出て、それが企業の屋台骨を揺るがすか否かだけを評価する、事業戦略との適合性評価と言った内容にもっと限定するべきであろう。
M&Aをしたい関係者が、とにかく委員会を通すことを目標に動く。
このような本末転倒な仕組みでは、そもそも高値となりやすいM&A案件について、減損を免れないだろう。
【成功率を高めるためには】
事業というのはその時々の環境に左右される生き物である。
つまり、計画通りにはいかないのが常だ。
だからこそ、計画は念入りに行い、変化に応じてあらゆる手段をとって、計画値を超える結果を生み出す、という考え方や姿勢が成功のカギとなるのである。
どれだけ高いお金を払って、色々な分析や契約を締結しても、結局のところ、そこから出てくる数字が将来を確約するものでは決してなりえないものである以上、そんなことの精度を高めようと努力するよりも、M&Aとその後に対して責任を持って遂行する人や組織、仕組みに注力すべきである。
これだけ日本の大企業が高い確率で投資を失敗させる中、ソフトバンクがM&Aで失敗が少ない理由は、買った後に何としてでも成功させるという経営者の強い意志があり、組織を含めてそれを徹底させるからだ。
それは、シャープのM&A事例でもわかることである。色々と裏はあるのかもしれないが、買った以上、何とかするという強い意志と、実際に組織を変える実行力が、企業業績や評価を変えるのだ。
残念ながら、政府系の投資会社が買っていたら、非常に残念な結果に終わっていただろう。
また、これはITによって徐々に変わってくると考えているが、M&A仲介関連業者が提供価値に対してかなり割高なフィーを請求していることも、問題の一角を占めていると考える。
買収金額×○%と言った比率で手数料を決めるのではなく、本来的に果たす役割に対して手数料を支払うビジネスに転換すべきであろう。
なぜなら、買収額が多額であっても、失敗してもその手数料は返さないのだから、買収金額の過多だけで業務内容と業務量ははかれないはずだし、大きく変動しないはずだ。
本来、M&A後の方が圧倒的に重要である以上、仲介時点での価値は相対的にかなり低い。
もっとM&A後、すなわちPMIの重要性を理解し、仲介よりもそういったところへ資源を投下するようになれば、大きな減損が発生することは減ってくるだろう。
また、各社の中期経営計画の在り方も、もっと考え直すべきであろう。
減損とは、その企業で働く人達が積み上げてきた資源を大きく浪費し、一部の関係者のみを潤わせるもので、世間が思っている以上に問題なのだ。
本来的な価値に対価を払う社会に向けて、真剣に考えるべきキッカケとも言えるのではないだろうか。
最後にまとめよう。
M&Aというのは、「価格決定の非合理性」「事業計画の見通しの甘さ・不正確さ」「意思決定時における責任者の欠如」という問題点をそもそも抱えており、非常に失敗しやすい環境に置かれている。
これは、いわゆる日本的大企業ほど、この要件にあてはまるため、大企業による非常に金額の高い減損がニュースで取り上げられる結果になっている。
成功確率を上げるためには、事業責任を負う者を最初から関係させ、その意見を重視する事と、事前の金額の精度を上げる事などにお金をかけるよりも、事後、すなわちPMIにしっかりと投資することである。
日本企業は、元々が自前文化や就社意識が非常に強いからこそ、買う側も買われる側もM&Aに慣れておらず、必要以上に苦労するものである。社内の正統派ではなく異端児を活用するなど、そういった文化や意識を踏まえつつ変えていけるかに、もっと知恵を絞るべきであろう。
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在、NPO法人FRI&Associates 理事長
大阪大学大学院 工学研究科を修了後、コンサルティング会社にて、事業戦略、業務改革、IT導入等を手がけたが、自身の仕事の関わり方に疑問を感じ、ベンチャー企業に転職。経験を活かし、各種企画・改善業務、法人営業、業務部門長等を担い、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングにも責任者として従事。その後、投資育成企業にて子会社の事業企画や経営改革、大手メーカーの機構改革などにあたった後、地元関西にUターン。
計測機器メーカーにて、経営企画担当の上席執行役員として、各種改革業務、マーケティング、事業開発等を推進する。その後、グローバルファームの大手監査法人にて、メーカーを中心に経営高度化に関するビジネスアドバイザリーサービスを提供後、住宅リフォーム会社にて人事とコンプライアンスという新たな業務に携わり、関西の大手携帯販売代理店にて、業務改善、物件開発、マーケ、購買等の責任者を担う。2017年4月より業界団体に出向し、会員企業向け教育研修事業の立ち上げ、各種業務の改善などに従事。業界全体の発展に尽力している。
事業企画や問題解決をはかる際、事業特性を鑑み、横串での業務改革とマーケティングを軸に、具体的な行動を行うことを信条としている。
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