コムスン問題の論点 ~行政とマネジメントのミスリード~
2007年6月10日 by 理事長 清水 知輝
コムスンが「不正請求」「処分逃れ」で世間を賑わしている。
しかし、これは本当にコムスンだけの問題なのだろうか。マスコミの追求は、非常に表層的であり、個人いじめレベルに映るので、何が問題なのか見ていてよくわからない。
そこで、なぜこのような問題が起きたのか、については、介護という非常に重要な機能である事もあり、きちんと見る必要があるように思えるので、少し問題を掘り下げてみよう。
最初に断っておくが、別にコムスンに肩入れする気はないし、コムスンの取った対応や経営執行体制の問題は多々あったとも思っている。折口会長の経営方針にもかなりの問題はあっただろう。
それについては、きちんと問題を把握して、他山の石として今後の参考にすべきだろう。
では、なぜこのような問題が起きたのだろうか。問題の本質追及に戻ろう。
1つは介護保険制度自体の問題が大きい。
介護保険制度は、スタートからかなり見切り発車であった。そのツケで、開始早々、支払が急造し、急遽、支払ルール等を大きく変更した。そうなると、それを受ける側の会社は、非常に大きなリスクを負わされるわけで、いつまで経っても儲からず、必要な投資も労働環境の改善も出来なくなる。支払が急造するなど、考えれば簡単にわかる事であるにも関わらずである。
また、介護は儲けてはいけない、というような論調もあるが、私はそうではないと思っており、社会的意義が本当にあるのであれば、そこで働く人達には、きちんとした対価を払うべきであるし、環境整備としての投資は必要だろう。実際、介護に関わる人達の報酬は高いとはいえない。
だからこそ、ある程度、自立的に活動するためにも、内部構造的に利益を出せるように早くしていかなければならないが、保険制度がそれを追求できる制度になっておかなければならず、現時点においては、あまりに安定性に欠けるものであり、ある程度黒字化できた、と思った途端、制度が変わるような状況では、ここを担う企業にとっては、官(保険)におんぶに抱っこで、いつまでも自立する事が出来なくなるだろう。
それでは、いつまで経っても、この業界自体が良くならない。
また、コムスンが指定廃止を受けた事業所を、先手を打って廃業させた話が取り沙汰されているが、ここも制度上の問題は大きいと考える。
いわゆる連座制というもので、1つでも指定廃止を受けるような事となれば、全ての事業所にも処分を適用する事が可能となるものである。
この制度は、悪質な場合は必要であるが、同時に、規模を拡大すればするほど、適用を受けた際のダメージが大きくなる、という特徴も持つ。そうなると、規模拡大を行う事のドライバーが働かず、小さい規模の会社が地域毎にでき、ある意味、各地域内での競争が働きにくくなるばかりか、会社の経営が不安定化する。儲からない地域には体力がない分、進出自体が避けられる。
規模を大きくする事自体が良い、というのではなく、ある程度の競争環境にしなければ、企業努力が進まなくなる危険性がある、という事が重要なポイントである。どうせなら良いサービスを受けたいのは、誰しも思う事である。競争はイノベーションの源泉なのだ。これを忘れてはならない。
そして、一度大きくなった会社は、どうしても他の事業所への影響を避けるため、今度は保身をはかるようになる。これは当然の帰結だ。リスクが増大するほど、挑戦は難しくなる。
もう少し相談したら良かったのではないか、と言うが、役所が杓子定規に判定するのは、普通の人が思う以上である。なぜなら、役所とは決められたルールに従って動く組織であり、自己判断、つまり裁量を入れる事は良くない事だ、と教え込まれているからだ。
勿論、そうでない場合もあるが、そうであった時の影響が甚大過ぎるのである。それこそ、従業員も顧客もいる事業を抱えながら、そんな賭けを行える人間がいるだろうか。
また、最大の課題は、介護保険制度の目的・方向性が非常に不明確である、という事だ。
例えば、介護のセーフティーネットレベルで留めるのか、健康保険制度並みに充実させるのか、また、その担い手に対し、サービスの提供を担保するために、医師や看護婦、薬剤師のようなある程度守られた身分とするのか、それとも、単なる一労働者として扱うのか(もしそうであれば、報酬が低すぎると言えるが)、全体の位置付けとそれを実現する戦略が欠けている。
これでは、集まった資金が減ったから、介護保険から出すお金を減らそう、などと言う身勝手なやり方が通っても仕方がないし、そこについて、もっと市民やその代表者たる政治家は声を上げるべきだ。
(介護保険やその担い手の話については、また改めて発信してみようと思う)
評論家的に、あれが悪い、これも悪い、というのは簡単だ。
だが、その前に、次にこういった事を起こさないために、問題を総合的に判断する事こそが、直接それを担うもの以外の第三者が行うべき仕事である。
個人を断罪して吊るし上げる時間があったら、もっと本質的な部分を追求して欲しいものである。
しかし、もうそろそろ、このような「監督行政」は考え直す時期に差し掛かっているのではないかと感じる。
何でもかんでもルールを定め、杓子定規に判断し、ルールを適用するための仕事を増やしていく。適正に活動させるためなのか、仕事を増やすためなのか、もはやわからないくらいルールを作るのが好きであるとしか言いようのない事態に陥っている。
確かに、社会的な監視を行う事は大切だ。だが、監視する行政の側も社会保険庁の非効率体質や不要な公益法人の設立とそこへの天下りなど、あのような体たらくであり、市民や国民を代表しているとは思えない。こういった仕事は、情報開示を徹底させ、NPOやオンブズマンなどの市民団体に任せるのが適当だろう。
あくまでサービスを受けうる人達から組成される団体が、良いか悪いかを都度判断すれば良い訳で、杓子定規にサービスを受けもしない人達が、最初からルール化するなど、真っ当とは言えない。
今回の問題を受け、抜本的な制度改正を行う時期にきていると考えるべきである。
また、折口会長が、本当に知らなかったんです、と言っていた。
兆候を掴んだが見てみぬフリをしてたところはあっただろう。本当は知っていて隠していた部分もあったのかもしれない。
だが、経営層まで情報が上がってこない、というのは、直感的にであるが、ありうる、とも思った。
それは、折口会長の経営方針が、全国で24時間サービス、という事を推し進めるために、事業場を増やす事を目的としていた事、そして、これは推測であるが、商社出身であるため、売上へのこだわりが強く、そのプレッシャーが、各エリアの責任者等に重く圧し掛かっていたのではなかっただろうかと推察される事である。
そうなると、例えば質などの問題を報告で上げていくと、責任を追及されるため、自分が責任を取らされるのが怖くなり、正しい情報をあげなくなってくる。
三菱自動車のような古い体質の会社だけでなく、強いリーダーシップを持つ売上優先会社ほど、このような方向性に進む危険性がある事を理解しておかねばならない。
それは、売上にこだわるあまり、全ての判断の中心を「売上」においてしまうからで、他にも様々な情報が上がってくるが、そういう組織の場合、上層部も含め無意識に売上以外は見えなくなってくるからである。
その点で、すなわちそういう経営方針を進めた事においては、折口会長は明確な責任を負うべきであろう。介護ビジネスは、より社会的役割が重いのは、言わずとしれた事だからである。
売上至上主義からの脱却は、現在のビジネスにおいては、最優先に取り組むべき内容であろう。
(売上市場主義の弊害については、また改めてまとめたい)
幾つか問題点を指摘したが、皆さんは、今回の騒動からどのような事を考えただろうか?
報道だけに流されることなく、自らの考えをしっかりめぐらせて貰いたい。
それではまとめよう。
コムスンの問題は、大本を辿れば、福祉行政の進め方自体に、その要因を持っている。
今後、国民のかなりの割合の人達が利用するサービスである以上、今までの期間はテスト期間と割り切り、国民(利用者)主体の見直しが必要であり、今後も、ある程度、市場の原理に任せつつ、国民の監視を取り入れる等の行政が過度に関与しない仕組みを作り上げる必要があるだろう。
行政の取り決めを破った事を必要以上に責めるのではなく、そのルール自体も含め、全体感を持って再評価するべきである。
同時に、コムスン自身の問題としては、「売上」というところにフォーカスし過ぎた事と、それを推進したマネジメント、強いて言えば、折口会長の方針にあった。悪意を持っていたというよりも、事業に対するフォーカスがずれていたと言える。
マネジメントは、企業は公器である、という認識のもと、事業の特性に合わせ、力を入れるべきポイントを変更していかねばならない。
最後に、これは余談ではあるが、今回の事件について、著名ジャーナリストが、その行為全てを、いんちき、とか、誤魔化そうとしている、詐欺だ、などと断じていたが、これは、あまりにビジネス現場や人間心理を知らなさ過ぎると感じた。
そして、介護は社会貢献だ、という言葉に対して、ビジネスは黒字化しなきゃ意味がない、と言い切ったのも、非常にお寒い限りだ。その指摘自体は間違っていないが、赤字でも事業をダラダラとやっている大会社の事業部門は山のようにあるし、介護保険というビジネスルールそのものを短期間で大転換されたのだから、ビジネスモデルに大きなダメージが出るのは当然だからである。ビジネスとしてまだ確立されきっていない事を問題視するのであれば、そのような事をした行政のやり方についてまず論じるべきだ。
そういった事をする行政の問題点をきちんと追求してこなかったマスコミの責任は大きい。マスコミは電波を日本全国に垂れ流しているのだから、人を批判する際は、もう少し勉強して全体感を持ってから本質論に向かって欲しいものだ。
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates代表理事。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけ、その後ベンチャー企業に転進。経験を活かし、あらゆる改革・企画・管理業務を担い、業績拡大を支えつつ、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングに従事する。実践的なアプローチにより実績多数。
現在はIT系投資育成企業にて、子会社の事業企画や経営改革にあたる。
※FRI公式ツイッター(筆者が主担当です)
※筆者個人ブログ「清水知輝の視点 ~ビジネス・キャリア徒然草~」
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