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   <title>FRIコラム</title>
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   <title>リーダーシップにおける３つの勘違いとは ～リーダーの真の役割を考える～</title>
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   <published>2009-09-15T15:59:01Z</published>
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   <summary>私はたまたま海外の方と接する機会もそれなりにあるが、日本と他の先進諸国で大きな隔たりがあると感じるところが一つある。それは、「リーダー教育」...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="マネジメント・リーダーシップ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      私はたまたま海外の方と接する機会もそれなりにあるが、日本と他の先進諸国で大きな隔たりがあると感じるところが一つある。それは、「リーダー教育」についてである。日本では、教育においてリーダーシップを学ぶ機会がほとんどない。いや、ないと言うよりも避けている、禁止している、と言った方がより的をえているかもしれない。
最近、若者にリーダーシップがない、と言われるが、そもそもリーダー教育を行わず、自助努力で何とかしろ、というのには限界があるだろう。



      <![CDATA[ 
勿論、教育があるから優れているかどうかは別である。しかし、無ければリーダーシップの重要性すら気付けない。それもあって、私はFRIを通じて「次世代リーダー育成」に携わっている訳だが、企業経営やNPO運営をしていくにあたり、リーダー教育のなさは、今後の、いや現在も含めて、日本を迷走させる大きな要因になるだろうと考えている。
 
そんな背景もあって、日本においては「リーダーシップ」イメージの根本的な勘違いが多いようにも感じている。例えば、リーダーに立つ者はもっとは賞賛されるべきだし、それ以上にリーダー自身は組織や社会に対して重い責務を負っていると考えるべきだが、なかなかそうはなっていない。ノブレス・オブリージュ（noblesse oblige）という言葉も最近聞くようになったが、日本でそれに類する教育を受けた記憶がない。
 
そこで今回は、その中でも特にずれていると感じるものを３つほど述べ、リーダーの本質について考えていきたい。
 
<strong>【フラットな組織やビジネス以外ではリーダーは必要ない】</strong>
 
そもそも組織をフラット化したらリーダーはいらなくなる、とか、競争を求められないビジネス以外の組織（例えば、ＮＧＯやボランティア組織）ではリーダーは不要だ、とか、何も考えずに聞くと、ついついうなずいてしまうような話をよく聞く。
 
しかし、果たして本当にそうだろうか。
私は、そもそも、そういった組織形態に応じてリーダーの要・不要が決まるのではないと考えている。
実際、フラット化しても、自然発生的にコアとなるリーダー格は生まれるし、ＮＧＯやＮＰＯ、ボランティア組織こそ、強いリーダーシップが必要となる。
なぜなら、前者だと権限が曖昧であるため、指示命令が上手く機能しにくい。だからこそ、フォーマルではなくともリーダーはより必要不可欠だし、後者も同じで、行動原理が「理念」に依るものだからこそ、リーダーは常にその理念を意識しつつ、メンバーの意識を集約させられるように尽力しなければならない。私が代表を務めるこのFRIにおいても当然同じであり、仕事よりもリーダーシップが求められるシーンが多いと常々感じている。
 
では、何がリーダーが必要か否かを分けるのだろうか。
 
それは「解決すべき課題」の存在だと考えている。
 
本来、組織・集団とは、何らかの課題を解決しなければならないはずだが、時間が経つにつれ、それが形骸化したり、元から存在意義（レゾンデートル／raison detre）が非常に希薄な組織、例えば、天下りのために作られた外郭団体などがあり、そういった組織では、ある意味、誰がリーダー職に就いても、ほとんど変化がない。
 
しかし、何らかの解決すべき課題があるほとんどの組織では、様々な解決手段の中から、その組織の置かれた環境や持てるリソース等を鑑み、どの手段を用いていくのかを、必ず決めていかなければならない。
その選択の巧拙で、組織のバリューに大きな差が生まれるからだ。
また、実際にその組織メンバーがその方向に動くように、全体を導いていかねばならない。
 
つまり、そういった「解決すべき課題」を持つ組織には、必ずリーダーは必要であり、その課題の難易度が高いほど、強く優秀なリーダーシップを発揮する必要があるのである。
 
<strong>【リーダーシップは男性の方が発揮しやすい】</strong>
 
組織を引っ張る様なリーダーには男性が向いている、のように言われる事が良くある。
実際、会社の管理職などで、未だにそう言っている人も多い。
 
確かにタイプによっては、性差はあるため、向き不向きはあるのは確かだ。
しかし、リーダー全般に対してというのは異なるだろう。
 
あなたは、緒方貞子氏をご存じだろうか。
そう、国連難民高等弁務官を三期もの長期にわたり務め、国際的にも非常に高い評価を得ている女性である。
確かに、元総理大臣の犬養毅を曾祖父に持つなど、環境的に恵まれていたかもしれないが、それを活かすも殺すも本人次第であり、それを活用して、あれだけの実績をあげたことは素晴らしい。
しかも、特筆すべき事は、個人の○○大使のような形ではなく、国連難民高等弁務官事務所という国際組織を率いて結果を出した事だろう。
例えば、国連機関が単なる調整機関に終わらぬよう、緒方氏は、現地事務所の裁量を増やし、職員を必ず一度は現地事務所にて働く事を義務づけた。それにより、現地での高い実行力を生み出し、UNHCRの名前をより広く知らしめる事を実現したのだ。
 
数少ないケースなのかもしれないが、これを見て、男性だから女性だから、と言う話が本当なのか、是非疑って貰いたい。
 
最初にも書いたように、性差は確かに存在する。
それは、考え方の違いにも現れやすいため、一切無視することはできない。
※ 詳しくはこちら：<a href="http://www.fri-associates.com/blog/management/000100.html">マネジメント力３ ～優れた上司とは～　『異性（男性・女性）のマネジメントのために』</a>
 
ただ、それは単にリーダーシップのスタイルが異なるだけで、リーダー向いている向いていない、という話では決してない。
確かに昔は、「ついてこい！」型のリーダーや、人情親父型リーダーなど、非常に少ないタイプのリーダーしかなかったのも事実だ。しかし、それも、今までが男性社会だったからなのと、リーダーシップについての議論が真剣にはなされてこなかったからだろう。
 
今は、リーダーシップのスタイルについての議論は、かなり深まっているし、欧米を中心に女性がとりやすいリーダーシップスタイルも提唱されている。ロールモデルとなる人も増えた。
もちろん、これは性別だけでなく、男性のリーダーシップスタイルも増えた事になる訳で、今までは向いていないと勝手に思い込んでいた人も、実は非常に向いているかもしれない、何てことが起きるかもしれない。
 
是非、多くの人がしっかりと学び、チャレンジして欲しいと思う。
リーダーシップも、基本的には実践する事が一番の糧になる事に変わりないからだ。
 
<strong>【リーダーは生まれついてのものである】</strong>
 
よく「昔からリーダータイプだったよね」などと話が出る事がある。
確かに、私もそれなりに小さい時からリーダーっぽい役割に就く事が多かった。
 
しかし、よくよく考えてみて欲しいが、誰しも小さい時から考えていけば、班長とか学級委員とか、何らかの役割をした経験があると思う。
全くない人は、自ら避けていた人だけではないだろうか。
 つまり、昔からリーダーをしている人が、必ずしも今リーダーである事はない、という事であり、リーダーというのは遺伝的なものではない、という事だ。
 
私は、リーダーというのは、役割であり、一部はスキルであると考えている。
学びによって、優秀なリーダーになることは誰でも出来るのだ。
 
唯一条件があるとすれば、その人が「解決すべき課題」を持っているかどうか、であろう。
それがなければ、結果的にリーダーになる事（手段）だけが目的になってしまい、リーダーになってから、方向性を見失って、組織に悪影響を及ぼしかねない。
 
よく「起業したいです」という人に、「何のためですか？」と聞いて、「理由が必要ですか？」と驚いた表情で聞き返される事があるが、これこそまさに手段が目的化しているいい例だろう。
もちろん、それが悪いとは言わないが、起業する過程において、あるいは、起業後にでも、何のために事業をするのか、という目的は持って貰いたい。
 
それを除いて考えた時に、本当にリーダーは生まれついてのものだろうか。
私は、結局は、それをやれるかどうか、つまり、覚悟の問題であると考える。
様々なリーダー像が語られているが、多くの優秀とされるリーダー達は、基本的に他者に対して聞く耳を持ち、現状を変えられるものと捉え、継続的な努力を欠かさない。
もちろん、リーダー毎の個性はあるが、これらの共通的特徴を見て、あなたはこれが「生まれついて」のものだと思うだろうか。
 
勿論、リーダーというのは、個人として優秀である事も求められる。
様々な意志決定を行い、それが組織に対して大きなインパクトがある以上、その精度を高める必要はある。
但し、それも上手くメンバーの力を活用し、常に努力し続け、メンバーの意識を集約していけば良い。
松下幸之助氏が「失敗はありますよ。しかし成功するまで続けたら、失敗はない。成功とは成功するまで続けることだ」と述べていたが、まさに、リーダーも同じである。
リーダーとして覚悟を決めて、成果を出すためにトコトン努力する。そうすれば、気付けば貴方はリーダーとなっているはずだし、周りもそう見ている事だろう。
 
それを踏まえれば、リーダーとは格あるべし、というものも、実は存在しないという事に繋がるのがわかるだろうか。
もし、そんなものがあるとするならば、それは「柔軟性」かもしれない。
その時その時で、最も最適なリーダースタイルを取れれば、結局のところ、それがベストなのだ。
社会が多様化した以上、リーダースタイルも多様化して当たり前なのである。
 
 
最後にまとめよう。
リーダーは、「解決すべき課題」が存在する組織には、必要不可欠な存在である。
お金が絡むかどうか、組織がフラットかどうかは関係ない。企業においてリーダーシップがよく語られるのは、社会の課題を解決しなければ、本来はその対価を得られないからである。
そして、リーダーシップを発揮するのに、性別は関係ない。また、加えて言えば、持てる性格も関係ない。但し、発揮しやすいリーダーシップのタイプ、発揮しにくいリーダーシップのタイプは存在する。
つまり、リーダーシップには複数のタイプが存在すると言う事であり、本来は、それらを複数組み合わせて、リーダーシップを発揮するのがベストである。
そういう面では、リーダーシップはスキルであり、リーダーは役割である。継続的な学びと努力、他者に対しての聞く耳、現状を変えられるという可能性を信じる力があれば良い。
但し、唯一資格があるとするならば、「解決すべき課題」を自分自身の中に持っているかどうかであると言えよう。それを持っているかどうかが、最後の一歩を踏み出せる力となるのだ。そして、道を外れないための道標として持てるのである。
そう、リーダーとは、そういった目的や信念を持つ者のことを指すのだから。
 
 
より詳しく知りたい方はこちらへ
⇒ <a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a>
⇒ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tshimizu33/">筆者個人ブログ「清水知輝の視点 ～ビジネス・キャリア徒然草～」</a>
 
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates 理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけたが、自身の仕事の関わり方に疑問を感じ、ベンチャー企業に転職。経験を活かし、経営・事業・商品・営業等の企画業務、ライン管理職、各種改革関連業務を担い、徹底した現場主義により業績拡大を支えつつ、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングにも責任者として従事。業界特性を考慮した実践的なアプローチにより実績多数。その後、IT・ライフサイエンス領域の投資育成企業にて子会社の事業企画や経営改革、大手メーカーの機構改革などにあたった後、地元関西に戻り、計測機器メーカーにて、経営企画担当の上席執行役員として、各種改革業務および主要事業のマーケティング、事業開発などを推進する。
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   <title>ビッグピクチャーを描け ～改良改善の積み重ねでは真の改革・創造は生まれない～</title>
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   <published>2009-09-08T15:25:10Z</published>
   <updated>2009-09-09T15:06:05Z</updated>
   
   <summary>企業改革、行政改革、政治改革、どれも上手く進んだ例が非常に少ない。それはなぜか考えた事があるだろうか。どれも高いスキルが必要だからだろうか。...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="経営戦略論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      企業改革、行政改革、政治改革、どれも上手く進んだ例が非常に少ない。それはなぜか考えた事があるだろうか。どれも高いスキルが必要だからだろうか。
あるいは、事業予測は外れる。各地の道路や橋、地下鉄などの建設計画はあまりにお粗末だが、企業においても新規事業の立案などは、上手くいったケースを探すのが大変である。しかも、それにあたる人達は、分析能力に優れ、高学歴と呼ばれる人達であるにも関わらずだ。
しかし、本当にそれらはスキル不足や精度不足が招いた結果なのだろうか。


      <![CDATA[ 
<strong>【それは、何のため？】</strong>
 
結論から言えば、原因ではないとは言えないが、小さな要因であると言える。
 
例えば、私は<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tshimizu33/15243519.html">個人ブログ『デジタル一眼レフカメラの今後』</a>にて、一眼デジカメの将来を予測し、それは実際にその後にPanasonicを中心に発売された製品が証明しているし、スクールニューディールと言われる施策についても、過去に<a href="http://www.fri-associates.com/blog/current_topics/000139.html">コラム『「原発停止による電力不足」から考える』</a>にて提言してきた。
確かに私は、事業改革や事業企画というところの経験が豊富ではあるが、そんな緻密な分析から考え出した、という事ではないし、別に有名大学のＭＢＡホルダーという訳でもない。コンサルティング会社の勤務経験はあるものの、その期間は数年足らずだ。
それで、将来を見据えた話が出来るのだから、スキル不足や精度不足というのは、大きな理由にはなり得ないだろう。
 
では、何が不足しているのだろうか。
 
それは、「ビッグピクチャー」である。
言い換えれば、「戦略の具体的なイメージ」だろうか。
 
私は、様々な企画提案を見てきたが、そのほとんどが、「それで、どうしたいの？」と思うものばかりだった。
これに答えるのが、まさに「ビッグピクチャー」である。
 
仕事をした経験がある人はわかると思うが、単純作業でも、結果的にそれがどの様になるか、という事が見えているのといないのとでは、やる気の出方が違うのではないだろうか。
以前、私が勤めていたベンチャー企業で、新卒入社の部下の一人から、日々の業務（いわゆるオペレーション業務）に目的を見出せず、相談を受けた事があった。そこで私は、ちょうど私が受け持っていた案件で、社長プレゼンの機会があったので、参考までに連れて行く事にした。
結果として、具体的な部分までは理解しきれなかった様であったが、その日から部下はやる気を取り戻した。それは、自分の仕事が何に繋がるのか、具体的に見る事ができたからだ。自分の仕事が誰かの役に立つ。それを、手触り感がある形で理解できたのだろう。
 
これから行う事は、全体像としてこういう事をしたい内のこの部分で、それが実現する事で、全体に対してこの様な効果がある、という事があるのとないのとでは、それを見る人の納得感が全く違うし、ビッグピクチャーがある事によって、携わる人のやる気が全く異なるのだ。
 
<strong>【ビックピクチャーがないと納得感に欠ける】</strong>
 
「霞ヶ関改革」などはよく話しに挙がるが、どれも「改良改善」の域を出ない。これでは、真の改革など不可能だろう。
霞ヶ関の一番の問題は、「列強にアメリカに追いつき追い越せ」の仕組み、すなわち明治時代から変わらぬ中央集権体制自体が、既に時代遅れになって、時代と制度が合っていない事だからだ。
つまり、霞ヶ関の発展的解体を行い、中央集権国家から真の地方分権国家への移行しか、価値ある行政改革はなされないという事だ。
 
これは実は難しい事ではない。
地方分権されたからと言って、今、霞ヶ関にある行政機能は必要だ。
但し、国家に一つである必要はなく、地方に幾つかあれば良い。それがすなわち「道州制」と呼ばれるものだ。
地方に全く同じとは言わないものの、今の霞ヶ関に近い機能をコンパクトにして置けば良い。
地方の優秀な人材も、わざわざ東京に集まって現場から離れなくとも、より地域に近いところに住み、より現場感のある施策提言が可能だ。
今は、国家が一丸となって何かをする、という事よりも、多様性を発揮し、地域地域で得意分野を生み出して、多種多様な価値創造を行わなければ、国際競争に勝ち残れないし、地域の要望に応える事は難しい。
 
この様に考えると、霞ヶ関がそのまま残る事を前提に話す改革案など、言葉は悪いが、所詮、改善の域に留まる内容であると言えよう。結局は、天下りはなくならないし、省庁間の壁は一時的に低くなるだけで、真に地方が発展する国家像には繋がり得ない。
もちろん、そういった努力をする人達に対して、私は尊敬の念を禁じ得ない。数々の抵抗勢力を前に、挫けず、一歩一歩進める精神力と実行力は、並大抵のものではない。
しかし、それで開ける未来には、限界があるのも事実である。
 
だからこそ、しっかりとビッグピクチャーを描き、それらの努力を一つたりとも無駄にしてはならないと思うのだ。
人生は皆限られている。少しの時間も無駄にして欲しくないと思うのは、私だけだろうか。
そうでないと、私は信じたい。
 
<strong>【些末な議論に陥る】</strong>
 
今、民主党のマニフェストで、最も人気のない「高速道路無料化」も、ビッグピクチャーがない良い例だ。
 
そもそも、高速道路を論じるのであれば、日本の交通システムの絵を描き、その結果の一つとして、高速道路無料化、という手段が出てくるはずが、なぜか、高速道路無料化の話だけが来てしまう。
本来であれば、例えば、貨物輸送はこのままトラック輸送に頼るのか、モーダルシフト（鉄道輸送）するのか、また、都市部についても、自動車に頼るのかヨーロッパを中心に展開されている地域交通網（いわゆる高度路面電車）の整備に力を入れて、自動車の乗り入れ制限を行い、人の手に安全な街を取り戻すのか、という議論もない。
更に、地方については、自動車は切っても切れない交通機関である。これは、ハッキリ言えば、人口密度が低いために、そちらの方が社会資本的に効率が良いのであるが、どこからどこまでは地方と見なして集約整備していくのか、都市部との接続はどうしていくのか（キーステーションを作って、自動車とのシームレスな乗り継ぎ環境を実現するのかなど）、その辺りの絵（ピクチャー）がない。
 
特定道路財源が、と言うが、その範囲を広げ、一部は環境対策（排気で環境を汚す以上、回復責任は生じる）に、それ以外は交通網整備、という財源にすれば良い。そこで、鉄道なども含めて、全ての財源を統合して、用途も幅広く行う。
それに、雇用対策の面からも、道路工事だけが公共事業ではないはずだ。予算を投じれば、道路以外でも雇用は発生するし、産業の広がりという面からも波及効果は大きいだろう。
 
この様な絵が前提としてあると、高速道路をどうするか、という話も納得しやすいだろう。自動車に乗っている人も、時には街で子供と歩きながら、自動車のない街を楽しみたいと思うはずだ。あるいは、地方アクセスがもっと良くなれば良いと思っている人も多いだろう。
スモールピクチャー、つまり、個別の議論だけを話して、「出来る、出来ない」の議論をするから、「やるべきかどうか」の判断が出来ないし、雑多な話しか出て来ないのである。
 
<strong>【あなたの身近にもそれは存在する】</strong>
 
これは、企業も同じである。
いわゆる個別最適というものだ。
 
（あまりステレオタイプに言いたくはないが）日本人は、改善は得意だ。
それは、日本人が細かな事を詰めたり、決められた事をその通り行う能力に、非常に秀でているからである。
私は、今、メーカーに勤めているが、一部の大企業を除き、海外企業の部品に対する信頼度は、日本の同等規模の部品メーカーと比べると、確実に劣る。いや、そもそも信頼度に対する考え方が異なるのではないかと思うほどだ。
これこそ、日本メーカーの優位性であるとも言える（コスト高ではあるが…）。
更に言えば、「戦略は細部に宿る」と言うが、戦略に誤りがなければ、日本企業ほど強い企業はないとも思う。それでも負けるのは、まさに「ビッグピクチャー」のなさとも言えよう。
 
しかし、例に挙げた「高速道路無料化」のケースのように、個別最適に陥ると、些末な議論ばかり行い、そもそもそれをやるべきか否か、という議論に行き着かない。
そして、無駄な議論に時間を費やすのである。
高速道路無料化の議論を見ていても、まさに重箱の隅の突き合いで、じゃあ地方はどうする、とか、渋滞するんじゃないか、とか、シミュレーションをしたしない、など、聞いていて不毛な事この上ない。そもそも、地域毎に事情が違うのだから、無料化だけで何かが動く話ではないし、高速道路無料化は手段である以上、目的にしてはならないのだ。
 
これは、何も政策や企業だけでなく、学生のイベントなどでも同じである。
やることが目的になっていて、イベントによって提供する価値を最大化するために、何を捨てて何を優先するか、という話にまで行き着かない。更に問題なのは、結果的に「何となく喜んで貰えたから上手くいった」と言って終わってしまう事だ。これでは、やっただけで本質的な学びにも繋がり難い。
もちろん、これは行政でも企業でも、同じような光景が繰り広げられている。
要は、それくらい根源的な話であるとも言えよう。
 
<strong>【ビッグピクチャーを描く】</strong>
 
では、どうすればビッグピクチャーを描けるのであろうか。
 
それは、兎に角、自分自身に「なぜ？」「どうして？」という問い掛けをひたすら行う事だ。
自分は、何のためにそれをやろうとしているのか、自分は、どこに向かおうとしているのか。それに、自分が答えられなくて、人に伝えられる事が出来るだろうか。
それは言うまでもないだろう。
 
なぜなら、改善の積み重ねの先に、ビッグピクチャーはないからだ。
改善は、現状を前提として、問題になっているところを、手直しする。しかし、改革が必要となっているところでは、そういった手直しが重なり過ぎて、問題の根源が見えにくくなり、また、関係が複雑になってしまい、少々の事では、全体の問題は解決しえない状況になっている。
つまり、改善では直しようがないのである。
まさに、今の行政機構がそうである。戦後から環境の変化に対応できるように、改善を積み重ねてきたが、そもそもの目的がずれてしまっている上に、それに対応するためには既存の仕組み自体が阻害要因になる、という状況なのだ。
こうなると、現状から阻害要因を無視した形でのビッグピクチャーを描く以外、これを解決する方法はない。
その後、それをどうやって実現するかを、真剣に検討するのだ。
 
また、進める上で大切な事は、
「自分だけで考えない」
「答えが見つかると信じる」
「だが、本当に思い付かなければ、諦める事も選択肢に入れる」
という事だろう。
 
一枚の絵を観た時、個々人によって解釈が異なるように、複数の人が見て、大きくズレのないビッグピクチャーを描くには、他者からの評価を積極的に受ける必要がある。
考えるのは自分で良いが、決して自分だけの思い込み、独りよがりにならないよう、自分とは考えが合わない人や立場の違う人の評価を、積極的に聞くべきだ。
そして、先達の知恵を活用する事も欠かしてはならない。様々な成功や失敗を積み重ねてきた人達の知恵を活用せずして、良いピクチャーは描けない。別に真似る事は悪い事ではないし、私はむしろ良い事だと考えている。
実際、私も、かなり多くの人達の知恵を拝借してきた。大切なのは、それを自分自身で考えて、自分の中で咀嚼してから用いる事だ。結果的に、同じ事をするにしても、応用度が全く異なってくる。
 
また、二つ目と三つ目は、ある意味、背反する内容ではあるが、何事も自分が信じ切れていなければ、最後まで到達し得ず、諦めて妥協してしまう事が多い。だからこそ、信じる事が大切だ。
しかし、本当に思い付かなければ、そんな人が描いたものは、間違っているか思い込みの可能性が高い。
何とかしたい気持ちはわかるが、それによって多くの人の時間が無駄に浪費される可能性が高い以上、自分自身でもっと考え抜く事こそ、責任ある人の行動と言えよう。
 
そして、最後に、最も大切なのは、「何はともあれ描いてみる」という事だ。
具体化せずに、あれこれ言う人がいるが、それで人に伝わるほど、人のコミュニケーション能力は高度ではない。
まずは、失敗しても良いから、素案を描く事が、私は何よりも大切だと考えている。
それを、評価に晒し、どの様に変えていくか。そこが腕の見せ所ではあるが、それもベースがあるからこそなのである。
 
但し、現状分析だけは疎かにしないで欲しいと思う。
基本的に、ビッグピクチャーも問題解決であることにかわりはない。現状認識がずれていれば、ビッグピクチャーはもっとずれる。
しっかりと徹底して現状を見つめ、しかし、それには流されない。そんな目で、日々色々なものを見て貰えればと思う。
 
 
最後にまとめよう。
改革は改善の積み重ねによって実現できない。
日本人は改善は得意な方であるが故に、それに引っ張られてしまうが、意識的にそこから離れ、ビッグピクチャーを描く努力が必要だ。
そして、ビッグピクチャーを描く事で、初めて些末な話から離れた、本質的な議論が出来るようになる。なぜなら、手段が目的化しないからだ。逆説的に言えば、日本では、かなり多くの組織で、手段が目的化されてしまっているとも言える。
また、ビッグピクチャーの話は、実は私達の身近にも存在する。就職時の企業選択なども、本来は自分の目標があって、そこに合った企業選びがあるはずだが、なぜか個別企業の名前が飛び交う事態に陥ってしまう。そのくらい、根源的かつ普遍的な話と言えよう。だからこそ、ビッグピクチャーを描く力は身に付ける価値は、非常に高いのだ。
ビッグピクチャーを描く際は、独りよがりにならない事が大切である。最後は自分で決める必要があるが、その目的から考えて、それまでは様々な視点を取り込み、多くの人が見て一定の範囲内に収まるものにしなければならない。
だが、最も大切なのは、とにかくまずは描いてみると言う事だ。最初は上手くいかなくても構わない。だからこそ、周りの評価に晒すのである。それを前提に、是非、ビッグピクチャーづくりにチャレンジして貰いたい。
そうすれば、未来への道が、あなたの前に姿を見せてくれることだろう。
 
 
より詳しく知りたい方はこちらへ
⇒ <a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a>
⇒ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tshimizu33/">筆者個人ブログ「清水知輝の視点 ～ビジネス・キャリア徒然草～」</a>
 
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates 理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけたが、自身の仕事の関わり方に疑問を感じ、ベンチャー企業に転職。経験を活かし、経営・事業・商品・営業等の企画業務、ライン管理職、各種改革関連業務を担い、徹底した現場主義により業績拡大を支えつつ、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングにも責任者として従事。業界特性を考慮した実践的なアプローチにより実績多数。その後、IT・ライフサイエンス領域の投資育成企業にて子会社の事業企画や経営改革、大手メーカーの機構改革などにあたった後、地元関西に戻り、計測機器メーカーにて、経営企画担当の上席執行役員として、各種改革業務および主要事業のマーケティング、事業開発などを推進する。
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   <title>コストをかければサービスが良くなるのか？　～サービス向上で陥る罠と嘘～</title>
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   <published>2009-09-06T13:37:15Z</published>
   <updated>2009-09-06T13:43:13Z</updated>
   
   <summary>「お金をかけ、対応を手厚くすれば、サービスレベルが上がり、顧客満足が上がる」 もっともなように聞こえるが、果たして本当にそうなのだろうか？ ...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="仕事術・思考方法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      「お金をかけ、対応を手厚くすれば、サービスレベルが上がり、顧客満足が上がる」
もっともなように聞こえるが、果たして本当にそうなのだろうか？
私は、事業企画と業務改革を中心に仕事をしてきて、今もある大手メーカーの本社管理部門改革を支援させていただいているが、最近、「人がいる程、仕事が増える」という言葉の方が、本質を突いているように感じることが多くなった。


      <![CDATA[ 
例えば、「一人一人、相談に最後まで乗って、それを前提に対応する」と言われると、一見すると、一生懸命やってるのだなぁ、と思うかもしれないし、実際、担当者は一生懸命やっているのであるが、実のところ、大多数の顧客からは、高い評価を得られていないことが多い。
そこで、実際にそういう現場でよくよく話を聞いてみると、幾つかのことが共通している事がわかった。
 
・特定の人（管理職）が相談対応に時間を取られている
・全体の作業効率が悪い
・現場のメンバーは何やら忙しい
・仕事の大半は管理職で止まっている
 
他にも色々とあったのだが、ここまで来て何となくわかった。
それは、意思決定が可能な管理職の業務量のみ増していて、現場のメンバーは時々で変わる指示に振り回され、その後始末に追われていて、結果的に、普通の日常業務が雑になったり、とにかく短時間で済ませようとして、顧客から見て支障が出ている、という流れである。
 
こういうパターンの場合、現場を更に深く見てみると、
 
・マニュアルがない、あるいは、あっても不完全
・判断基準が曖昧で、その周りの問合せが多い
・多くのことが、最後は管理職に聞かないと判断がつかない
・一人一人対応を考えるため、対応する人によって対応内容が変わってくる
 
というような特徴があることが多い。
 
ようは、判断基準が明確化されていない上に、問い合わせしたら情状酌量の余地があるので、それが原因で問い合わせ数が非常に多くなり、しかも、現場担当者クラスでは判断し兼ねる事も多いので、問合せをした人は、「対応が遅い」「たらい回しにされる」と不満を持たれる上に、情状酌量された人がいると聞きつけた人は、「判断が人によって違うのは不公平だ」と常々不満に思う。
それを何とかしようと現場のメンバーも頑張るが、結局、自分で判断できないので、誤魔化し対応になり、更に、基準が曖昧なので標準化されておらず、対応するには幅広い知識や経験が求められるようになり、若手や派遣社員ではどうにもならず、少々の増員も焼け石に水。
日々、相談ごとに追われる結果となり、落ち着いて仕事も出来ないし、判断待ちの案件が多すぎて、幾つかは忘れさられてしまう有様。そうなれば、更に顧客満足は下がり、頑張っても報われない環境が作られていくのだ。 
更に言えば、忙しいからと人を増やせば、アウトプットは良くならないのにコストは上がる。
 
「お金をかけ、対応を手厚くすれば、サービスレベルが上がり、顧客満足が上がる」
 
ここまで聞いて、この言葉は本当だと思えるだろうか？
嘘ではないかもしれないが、それは、基準が明確化され、ある程度、標準化が進んだ組織が、対応力を増して、顧客の待ち時間を減らす時に、はじめて言えることであって、曖昧な判断で柔軟に対応するという、一見すると良さそうに見えるところでは、この言葉は詭弁であると言えよう。
 
ベストなサービスとは、そもそも、「問い合わせや相談をする必要性を感じないサービス」であり、誰が見ても明確でシンプルであることだ。
例えば、あらゆる機能を満載しているが、全てを使いこなせない最近の携帯電話が、果たして優れたツールだと言えるだろうか。買い換えるまでに、一度も使わない機能や設定が如何に多いか。少なくとも私は、シンプル携帯が売れるのはとても納得がいく。
そういったシンプルさ・わかりやすさの追求を徹底せずに、「お金をかけないと／人を増やさないと出来ません」と安易な方に流れる事しかできない人は、そもそもサービスの何たるかを語る資格はないだろう。
 
コストをかける前に、自分がやれる事は本当にないのか。常々忘れないようにしたいものである。
 
 
より詳しく知りたい方はこちらへ（本稿は、個人ブログより転載）
⇒ <a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a>
⇒ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tshimizu33/">筆者個人ブログ「清水知輝の視点 ～ビジネス・キャリア徒然草～」</a>
 
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates 理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけたが、自身の仕事の関わり方に疑問を感じ、ベンチャー企業に転職。経験を活かし、経営・事業・商品・営業等の企画業務、ライン管理職、各種改革関連業務を担い、徹底した現場主義により業績拡大を支えつつ、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングにも責任者として従事。業界特性を考慮した実践的なアプローチにより実績多数。その後、IT・ライフサイエンス領域の投資育成企業にて子会社の事業企画や経営改革、大手メーカーの機構改革などにあたった後、地元関西に戻り、計測機器メーカーにて、経営企画担当の上席執行役員として、各種改革業務および主要事業のマーケティング、事業開発などを推進する。
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   <title>学びと成長の本質 ～学習能力を高める方法～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fri-associates.com/blog/professional/000288.html" />
   <id>tag:www.fri-associates.com,2009:/blog//2.288</id>
   
   <published>2009-06-18T23:30:00Z</published>
   <updated>2009-06-19T00:59:45Z</updated>
   
   <summary>最近、「成長」や「○○学」というものが付いたタイトルの本やＴＶ番組が増えているようだ。これを読んでいる人の中にも、手に取った事がある人もいる...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="プロフェッショナル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      最近、「成長」や「○○学」というものが付いたタイトルの本やＴＶ番組が増えているようだ。これを読んでいる人の中にも、手に取った事がある人もいるのではないだろうか。
しかし、実際にそれを読んで力が付いている人は、それ程多くはないように感じる。
確かに読んだり観たりすると面白いし参考にはなるのだが、これをみても、成長しない人はしないだろうな、といつも思う。


      <![CDATA[ 
<strong>【学びに必要なもの】</strong>
 
それは、なぜか。
そもそも、「学び」というのが機能するためには、学ぶ本人の行動や習慣が、それに合ったものになっていなければならないからだ。
つまり、その人の意識や考え方、それに支えられた行動によって、成長に繋がるのである。
 
日本の教育は、ほとんど全てが「正解」の「暗記」である。
大学で行われる研究まで、思考方法などを学ぶ機会は、ほとんど皆無と言って良い。
なので、「学び」と聞くと、つい正解を記憶する事と思ってしまいがちで、本を買って読んで満足してしまうのである。
 
しかし、実際には使いこなして初めて役立つし、仕事においては、一般解はあったとしても、個々においては最適解があるだけで、「正解はない」のが普通である。
なぜなら、相手が不確実性の高い人間だからであり、当たり前の話なのであるが、人はついつい「当たり前」の事を忘れてしまう生き物のようだ。
 
つまり、本を読んで暗記するだけでは、ハッキリ言って、全く使い物にならない。
但し、役立たないとは言わない。
きちんと「学び」を本質的に理解している人であれば、先人たちの知恵の集大成である書物は、強い味方になってくれるはずだ。
私も数百冊の本を読んできたが、実際に直ぐに使うもの程、生きた知恵として身に付いているが、何となく読み終えてしまい、大して役立っていないものもある。
要は、内容如何に関わらず、学び方次第、と言えるのである。
 
では、学びの本質とは一体何だろうか。
 
<strong>【学びの本質】</strong>
 
私が考える学びの本質は、
 
・優秀なものを徹底的に「真似る」
・企画よりも「振り返り」に重点を置いて行動する
・「深さ」にこだわってとことん追求する
 
の三つに集約されると考えている。
 
まず、「学ぶ」とは「真似ぶ」から来ているというが、まさしく本質を得ていると考える。
直ぐに「独自性」や「主体性」などを持ち出して、特定のコミュニティ内で行おうとする人がいるが、それは自分で壁を作っている事に気付くべきだろう。
それは単に、自分達がやりやすい人達で固まって、狭い世界で小さく満足しているに過ぎない。
オリジナリティとは、本来、基本がしっかりと出来てから発揮されるもので、最初から発揮しようと思うこと自体、考えがずれているとしか思えないし、実際、そのレベルでオリジナリティと表現して欲しくない事も多いのが事実である。
 
私なら、使えるものは徹底して使う。
成果に繋がるのであれば（費用対効果を当然考えるとしても）、わざわざ制限を設ける必要がどこにあるのだろうか。既に前例があるなら、それを「参考例」として聞き、出来る事なら直接質問し、良かったところや改善すべきところを学ぶのである。
そして、真似できるなら、とことん真似しても良い。良い物を真似て、何の問題があろう。
新しいものを一からつくるよりも、よっぽど効率的だし、創造性を発揮するところは、そんなところにあるべきではない。大切なのは、何を選択して、何をその上に積み上げるかだからだ。
創造性は、あくまで成果に一番効くところで発揮されるべきだし、既に誰かがやった事についてまで、わざわざ一からやって「創造的だ」と言うのも、少しもの悲しいと私は思う。
過去の叡智は、ありがたく使わせて貰った方が良いに決まっている。
 
そう考えると、周りにある物事や人は、ほとんど全てが学びの対象になることに気がつくだろう。
ほとんどの人が、自分にはない何かを持っているし、自分がやったことがない経験があったりする。
それを教えて貰うだけで、どれだけ自分の思考の幅が広がるかわからない。
 
しかし、知識だけを身に付けても意味は薄い。
それが発生した際の思考プロセスや周辺への影響まで知って、初めて自分の思考を豊かにしてくれるのだ。
 
うわべだけの暗記では、自分のものには決してならない。
その時に、「なぜ、そうなるのか」という部分についても、併せて理解できるようになれば、次に近いシーンになった時に、自分の判断・思考の糧となるのである。
 
もし、それがわからなければ、色々考えて言う前に、とにかく真似てみて、自分が実行してみて、どう感じるかを肌で理解してみる事も大切である。
文句を言うなら、まずはやってみてから、というのも強ち間違いではないのだ。
 
「真似ぶ」という言葉を胸に、そういう機会が周りにないのか、一度、見直してみてはどうだろうか。
きっとたくさんの「真似びの場」があなたの周りにある事に気がつくに違いない。
 
<strong>【始めよりも終わりを重視する】</strong>
 
次のポイントは、「振り返り」である。
 
よく新しい事をやったと自慢する人に会うが、「その後、どうしましたか？」と聞くと、結局、自分の糧になっていない、その場限りの行為に留まっているケースが多いように感じる。
これでは、企画力がある、というよりは、単なるイベント屋かばくち打ち、あるいは、お調子者である。少なくとも私なら、怖くて企画を任せる気にはなれない。
 
実は、何かを成す際に大切なのは、「再現性」だったりする。
つまり、この点ならば、少々のブレはあっても次も大丈夫、と思えるかどうかだ。
 
なぜ重要なのかと言えば、それが大丈夫だとわかる事で、他の未知のところに力を集中できるからだ。
橋を渡る時に、「あの人は渡れたけど、次回は崩れるかもしれません」と言われて、あなたは橋を渡ろうと思うだろうか。答えるまでもないだろう。
何かを成すには、様々なことをやらなければならないが、そのうちの多くが再現性がない状態だと、成功する確率は非常に低くなってしまう。それでは、オチオチ新しいことに力をかけられないし、効率化など以ての外である。実際には、新しい事をすると言っても、10のうち1新しければ良いほどだ。残り9は既存のものを活用するのである。つまり、全体の9割が不確定であれば、新しい事などなかなか出来はしない。
 
では、どうすれば良いかと言えば、何かに取り組む度に（新しい事は特に）、必ず「振り返り」をする事である。
振り返りのポイントは、
 
・良い事も悪い事も、正しく認識する
・良かった事は伸ばし、悪かった事は改善する
 
ことであろう。何が良くて、何が悪いのかを、正しく認識できなければ、決して次に繋がらないからだ。
自分の悪い面と向き合うのは辛い事だが、それを認識できなければ、次から気をつけることすらできず、また、失敗してしまう。
 
例えば、「結果が出たから良かった」とか「別に問題起こってないから」と言って済ませていないだろうか？
これでは、次に同じ結果は出せないし、もしかしたら次に問題が起きるかもしれない。
「良かった良かった」は、次の失敗への第一歩なのである。
 
人によって差はあれ、良かったところは伸ばし、悪かったところは改善していけば、必ず成長する。
これは、当たり前の話である。
しかし、なぜかこのような当たり前のことをやらない人が非常に多いのも事実だ。
ここで大切なのは、振り返って、喜んだり凹んでいるだけでは意味がない、という事だ。良い点はなぜ良かったのか、どうすれば次も出来るかを理解し、悪かった点はどうすれば良くできるかを考えることで、次に繋がっていくからである。振り返りは、次に繋げるためにするのだ。
 
本気で学び、成長し、成果を上げたいのであれば、企画よりも振り返りに力を入れるべきだろう。
そこで初めて、前回よりも良いものを出せるようになるのである。
そうして、土台をしっかりと形作ってから、企画力を高めていった方が、遠回りに見えても、より良いものを継続的に生み出せるようになれるのだ。
 
このFRIでも、時間が確保できる限り、振り返りに力を入れるようにしている。
そして、運営を担うスタッフ間でも、非常に振り返りを重視し、更なるステップアップに繋げているが、振り返りを繰り返すと、人によってスピードに差はあれ、確実に成長していくのがわかる程だ。
 
振り返りは地味な作業で、企画というのは華やかで楽しそうなイメージがある。
しかし、本当に成長したいのであれば、そのような見た目のイメージに決して惑わされないことだ。イメージに振り回されていては、本質などには決してたどり着けない。
つまり、振り返りを繰り返すことで、本質を見極める力も同時に養われていくのである。振り返りというのは、それ程、効果の高いものなのである。
 
<strong>【それは本当に正解なのか】</strong>
 
そして、最後に「深さ」が大切であると考える。
 
会社で面接などを担当していると、色々な経験をしている割には、これと言って秀でているものがない人に良く会う。あれもこれも、中途半端に手を出していて、それぞれがきちんと高いレベルで「学び」に繋がっていないか、個々が有機的に上手く結び付いておらず、更に高いところに昇華されていないのだ。
こういう人は、先日もそうだったが、私はご縁がなかった事にしている。なぜなら、一つ一つの仕事を高いレベルでこなしたり、他の人との結びつきで思いも寄らないものを生み出して貰えそうにないと思うからだし、個人的にも、自分自身にとって得られるものが少ないと感じてしまうからだ。
そういう人に会うと、環境があるのに勿体ないな、といつも思ってしまう。
 
これは何も、仕事のことだけではないので、案外当てはまる人は多い。
表現すると、「あと一歩及ばず」というところだろうか。やっている本人は楽しいし、それなりに充実しているのかもしれないが、残るものがないのである。良いところまで来ているだけに、とても残念な気がしてならない。
なぜなら、多くの事をこなせる人は、基本的に器用だし、コミュニケーションやリーダーシップの力も高い事が多いからだ。しかし、自分自身をコントロールする意志力や目的意識が欠けているために、ついつい色々な誘いやお願いに負けて、高みにまでは至れず、結果的に全てが中途半端になってしまうのである。
 
なぜ、そうなってしまうかと言えば、意識的にか無意識的にかはわからないが、人と同等レベルまでやって、それなりに評価されれば満足してしまっているからであろう。
それは、テストで80点取れた、という満足と同じだ。別に、合格点をとるために生まれてきたのではないだろうと、私は思う。経験も大切だが、参加すれば良いってものばかりではない。そんな満足感に浸っていては、例え、そのレベルのものを何度も繰り返しても、それ以上には決して到達しえないのだ。
 
これは、まさに正解教育がもたらす弊害でもある。
これでは、単なる自己満足に終わって、自分には取り立てて残るものがない。周りの人と同じレベルで出来る、という経験だけである。それに疑問を感じないところが恐ろしい。何か一つだけでも良いので、自ら秀でたものを作り、それを軸に社会に貢献していく事こそ、私達が社会に生きる上で大切な事なのではないかと思うのだ。
なぜなら、満遍なく出来るよりも、幾つかのポイントは押さえつつも、何か一つに秀でている事の方が、社会における価値は増大するからだ。ある意味、それ以外の部分は、あなた以外に秀でている人を集めれば良いのである。その方が、より高いレベルでアウトプットが可能だ。
 
成果を出すために、一歩抜きん出た力を本当に身に付けたいのであれば、とにかくそれに執着し、自分の成果に満足せず、人以上に考え抜き、人以上に行動する事である。
何か一つだけでも良い。そういうものを作ろうではないか。
単に「人と違う」と言われて満足するのではなく、成果で違いを語れる人を目指すべきだろう。
そうする事ではじめて、人よりも多くのものを学び取れるのだ。
 
中途半端にしかやれないなら、全てやらない。あるいは、中途半端にならないように集中してやり切る。
そのどちらかを、常に選択するのである。
これが、学びの本質を理解し、本当に成長している人の法則である。
「やる」か「やらない」か、とことん出来るかどうかを、自分に常に問い掛け続ければ、あなたの学びは一歩抜きんでる事になるだろう。
あなたにしか出来ない事とは何かを、常に問い続け、それを目指し行動する事が、真の成長を生み出す根源なのである。
 
 
最後にまとめよう。
「学び」を成長に確実に繋げるためには、まずはベースについては「真似る」こと、地味であっても「振り返り」に重点を置くこと、そして、「深さ」にこだわってとことん追求することを心掛けることである。
どんな立派なビルでも、基礎がしっかりしていなければ、簡単に倒れてしまう。
人の学びも同じであり、しっかりと基礎を築きあげる事が、将来的な強さ、すなわち、高いレベルでの着実な成長に繋がるのである。
企業も大抵は多角化をミスって傾く事が多いし、「戦略とは捨てること」と言われるほどだ。中途半端にたくさんの事をするよりも、絞り込み、一つの事に集中する事は、非常に大切である。
また、「当たり前のことを当たり前にやれば儲かる」とも言われる。ベースを大切にする人ほど、結果的に多様性を生み出せる。うわべだけの華やかさに惑わされてはいけないのだ。
 
これらは、全て「学び」にも当てはまる。
自分自身を本当に成長させたいのであれば、中長期的視野を持って、時には短期的には我慢も必要だろう。周りからの誘いやお願いも断らなければいけないかもしれない。それをどれだけ本気でやりきれるかどうかが、実のところ、最も大切なのかもしれない。
有り体に言えば、「本気で成長したければ、誰にも負けないくらい学びを追求しろ」という事だ。それだけやり切る事を考えれば、楽しい事だけしていては駄目な事も、出来ることは多くない事も、適度なところで満足してしまう事も弊害だということが、自ずとわかってくるはずだ。
自分との戦いに勝てた時に、本当の学びと成長が得られ、その結果、あなただけの貢献ができるようになるのである。
学びもまた、近道や楽な道は存在しないのだ。
 
努力した人全てに幸運の女神は微笑まないが、努力した人だけがその権利を有する、のである。
 
 
より詳しく知りたい方はこちらへ
⇒ <a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a>
⇒ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tshimizu33/">筆者個人ブログ「清水知輝の視点 ～ビジネス・キャリア徒然草～」</a>
 
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates 理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけたが、自身の仕事の関わり方に疑問を感じ、ベンチャー企業に転職。経験を活かし、経営・事業・商品・営業等の企画業務、ライン管理職、各種改革関連業務を担い、徹底した現場主義により業績拡大を支えつつ、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングにも責任者として従事。業界特性を考慮した実践的なアプローチにより実績多数。その後、IT・ライフサイエンス領域の投資育成企業にて子会社の事業企画や経営改革、大手メーカーの機構改革などにあたった後、地元関西に戻り、計測機器メーカーにて、経営企画担当の上席執行役員として、各種改革業務および主要事業のマーケティング、事業開発などを推進する。
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   <title>仕事は対応を後回しにするほど、業務量が増える ～仕事がはやい人の法則～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fri-associates.com/blog/basic-skill/000287.html" />
   <id>tag:www.fri-associates.com,2009:/blog//2.287</id>
   
   <published>2009-06-13T11:41:20Z</published>
   <updated>2009-06-13T11:55:22Z</updated>
   
   <summary>１つの仕事が遅い人は、大抵、全ての仕事においても遅い。 同じ仕事量でも、なぜかかかる時間が全く違う。 これは、単に仕事をこなすスピードが遅い...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="仕事術・思考方法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      １つの仕事が遅い人は、大抵、全ての仕事においても遅い。
同じ仕事量でも、なぜかかかる時間が全く違う。
これは、単に仕事をこなすスピードが遅いだけかと思っていたが、最近、それだけでもないように感じるようになった。

      <![CDATA[ 
<strong><a href="<$MTBlogURL$>basic-skill/000109.html">『仕事が「はやい人」と「おそい人」の違い』</a></strong>を述べたが、最近は、それに加えて、意思決定を後回しにする人は、それだけで、自ら仕事を増やして、自分の首を自分で締めている、という事に気が付いた。
 
私は理事長としてNPOの様々な意思決定を、仕事をやりながらこなしているのだが、対応がとにかく「遅い！」と感じることが多々あるし、それによって、無駄な業務がかなり生み出されているように思える。
もちろん、これは通常の仕事でもそうである。
私が携わってきた改革の大半は、上位者がダラダラと意思決定をしないが故に、課題が問題へと大きくなり、解決しなければどうしようもないまで熟成した結果、その解決に多大な労力をかけなければいけないケースばかりである。
 
そもそも、「仕事に優先順位を付けられない（付けても間違っている）」「対応すべき範囲が不適切」というところがあるのだが、特に上位者になればなるほど、方針決定が遅れると、その方針に沿って業務を進める人達の作業が分散し、結果的にムダになるばかりか、後から決めた方針によって駄目になってしまったことについて、「なぜ駄目なのか」を説明しなければならず、その説明自体も間違っていないかを、方針決定レベルで確認を取らなければならない。
つまり、自らの意思決定と説明が遅れた結果、ムダな仕事を生み出しているという事だ。
ムダな仕事を生み出せば、当然、その分、成果に結びつかない事に時間を費やすわけで、一生懸命やってはいるが「仕事が遅い」ということになる。
 
もっと分かりやすい例で説明しよう。
例えば、お客様とアポを取る際、どのように依頼をしているだろうか。
仕事が遅い人は、大抵、「私が駄目なのは、○日の午後と○日の午前です。それ以外で決めていただければ合わせます」とか、「言って貰えれば、極力調整します」などと言ってくる。
一見、相手に親切そうだが、実は、結果的に迷惑がかかる事が多い。連絡をした後に、他の外せない用事が出来て、返事が来ても被ってしまったり、他に調整が必要な用事が複数あると、重要なものから順に決めなくては、返事を貰ったとしても他のものが決められなかったり、調整しきれずアポに間に合わなかったりする。相手にとっては、迷惑以外の何者でもない。
 
仕事がはやい人がどうするかと言えば、「以下の日程からお選びください」と確実に都合を付けられる日程を３つ４つ提示して、相手に選ばせるというものだ。
これなら、複数の約束があっても、それぞれ被らないように枠を設定して、一斉に調整をかけられるし、返事が来た瞬間に確定できる。また、確定さえすれば、新たに話が来ても、決まったことで調整枠が空くわけなので、調整はどんどんしやすくなる。前後の移動時間を考えて日程枠を提示すれば、遅れる事も基本的にない。
ある意味、日程調整を始めた瞬間に、その仕事は終わっているのである。
 
このようにすれば、スムーズに意思決定（日程決定）が行えるし、ムダがほとんど発生しない。移動時間や空いた枠で仕事を片付ければ、自分の時間も有効に活用できる。社内の打ち合わせも、事前に枠を少しとっておけば、それもしっかりと行える。
一見、強引なようにも見えるが、相手に選択の余地を与えているし、その範囲内では迷惑をかけていないわけだから、結果的には非常にスムーズにことが運ぶ。私なら、そちらの方がよっぽど仕事がやりやすい。「やる事は無限にあるのに時間が有限」というのが忙しい人間の基本的感覚だからだ。
 
意思決定の大半を相手に預けるような事や自身の意思決定やその伝達自体が遅れると、確認・調整などの面倒な仕事がどんどん増えるし、相手に待ってもらうというムダな時間を発生させてしまう。
自らの意思決定の遅さが、どれだけ回りに迷惑を与えているのか、よくよく考えて貰いたいし、それによって、自らの手で自らの仕事を増やしていることに気が付いて貰いたい。「仕事がたまってるんですよね」と苦笑いする暇があれば、その瞬間に、一件でも良いから意思決定を行って進めれば良い。
 
私は、極論を言えば、出来る限りその場で片付けることが、仕事をはやくする方法だと考えている。
なぜなら、人が常に考えられる数には限りがある（それも片手程度だ）以上、それ以上の仕事を抱えるのは無意味だし、重要な意思決定は、常にやってくるものだからだ。
 
時間が有り余っていると思っている人はそれでも良いが、仕事ばかり増えてなかなか進まない、と思う人は、まず、自らの仕事のやり方を見つめ直して貰えればと思う。きっと、多くのヒントがそこにあるはずだから。
 
 
より詳しく知りたい方はこちらへ（本稿は、個人ブログより転載）
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◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates 理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけたが、自身の仕事の関わり方に疑問を感じ、ベンチャー企業に転職。経験を活かし、経営・事業・商品・営業等の企画業務、ライン管理職、各種改革関連業務を担い、徹底した現場主義により業績拡大を支えつつ、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングにも責任者として従事。業界特性を考慮した実践的なアプローチにより実績多数。その後、IT・ライフサイエンス領域の投資育成企業にて子会社の事業企画や経営改革、大手メーカーの機構改革などにあたった後、地元関西に戻り、計測機器メーカーにて、経営企画担当の上席執行役員として、各種改革業務および主要事業のマーケティング、事業開発などを推進する。
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   <title>最適な就職先の選び方とは ～後悔しない企業・会社選択方法とキャリアプランニング～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fri-associates.com/blog/career/000152.html" />
   <id>tag:www.fri-associates.com,2009:/blog//2.152</id>
   
   <published>2009-03-04T15:30:00Z</published>
   <updated>2009-03-28T04:25:32Z</updated>
   
   <summary>今年の就職戦線は、リーマンショックに始まった昨年と打って変わり、売り手市場から買い手市場へと変わりつつある。但し、その変化は二極化がよりハッ...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="キャリア・就職" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      今年の就職戦線は、リーマンショックに始まった昨年と打って変わり、売り手市場から買い手市場へと変わりつつある。但し、その変化は二極化がよりハッキリと現れてきているだけであり、以前から内定が出る人は多数から出て、出ない人はあまりでなかった点では、変わりがない。単に、内定が出る人にとって、出る数が少なくなってしまっただけである。
私の経験からすれば、就職が楽な時代よりも、就職難の時の方が職の迷いは減り、入社後も上手くいっている人が多いように感じるが、それでも、どこに就職するかは、特に新卒採用者にとっては悩み多き問題である。
今回は、これからの時代において非常に重要な「キャリアプランニング」と、後悔しない就職のためのポイントについて触れてみたい。


      <![CDATA[ 
※ 本コラムは過去のコラムに修正・加筆を行ったものです。
 
私は、コンサルティング会社、ベンチャー企業、投資育成会社、そして今はメーカーと、普通の人と比べて多くの企業と職種を経験してきたし、個々の会社において、一定の成果も挙げてきた。
その中では、事業推進者として、人材育成や採用などに携わる事もあったし、FRIを通じて多くの人を見てきた。そして、仕事柄、大手企業や著名企業で働く人との付き合いも多かったのだが、そういった中で、満足のいくキャリアアップをはかっていける人だけに、一定の共通点がある事が、最近、わかってきた。
その共通点は、実経験の中からの一つの解であり、学術的な世のキャリア本とは異なる。統計的に上手くいった人の共通因子、ではなく、それらの持つ本質的な共通項である。
 
今回、<strong><a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">私のメルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a></strong>でも何度かキャリアについて触れてきたが、そこから特に本質的な部分のポイントを抽出し公開したいと思っている。
ただし、最初に断っておくと、実際のところ、その有効性は保証するが、それを実行することは楽ではない。成功している企業が、当たり前の事を着実に根気強くやっているのと同様、成功するキャリアについても、似たような面があるのだろう。
仕事やキャリアは算数ではない。これから読み進める前に、これは、最初に心に留め置いて貰いたい。


<strong>【現代のビジネス環境】</strong>
 
変化速度が過去とは比べ物にならないくらい加速し、同時にボーダレスな環境に置かれた現在、新卒採用が空前の売り手市場と言われるようになったとしても、社会に出てからは、より個人に成果を生み出す力が強く求められるようになっているのは、既にご存知の通りだ。
 
過去、日本は「国内事情」というものを錦の御旗にして、グローバルな基準からは目を背けてきた。なぜなら、日本国内には、世界基準に照らし合わせると、様々な「既得権益」という非合理的なものが山積していたからだ。
ちょっと考えればわかるが、「官僚の天下り」など、合理性はほとんどない。確かに、国家予算は非常に大きなものであり、関係者（官僚）を受け入れる事で、それに紐付いて仕事が来るなら、公僕という位置づけ上、良いか悪いかは別として、まだ、受け入れ側の話はわかる。しかし、今は、「公益団体」「特殊法人」という名の天下り先を自ら作り出し、数年いただけで高給と莫大な退職金をせしめる。そこに何の合理性があるのだろうか。
 
ボーダレスな社会においては、そのような非合理性は存続し得ない。なぜなら、付加価値を出せない組織は、寄生虫と同じであり、その母体を弱らせ、いずれは母体諸共、競争に負けて死んでしまうからである。
企業は社会の公器である。社会に対して、自分が得た対価以上の価値を提供できないものは、存在を許されないのだ。競争環境は、そういった非合理性を補正する。
 
それだけでなく、仕事に目を向ければ、定型業務はシステムに取って変わられ、少々の判断が必要であっても基準にのっとった判断程度しか要求されなければ、中国などに移ってしまうだろう。これは、結果的な事実である。
企業に関しても、実際、保険などは、ちょっと出来る人は、ほとんどが外資系の保険会社で契約しているし、金融も外資系や異業種を母体とする新銀行の躍進など、生み出す付加価値に見合っていない高給を貰っているような企業群は、企業自体が競争力を失っていくだろう。
高給で有名な大手広告代理店やTV局なども、TV一極集中ではなくなりつつあるに従い、それがいつまで維持できるかわからない。
 
つまり、ボーダレスというグローバル基準のある種平等な競争環境にさらされる以上、誰かにすがって生きていく事は、先ほどの「寄生虫」と同じ運命を辿る事に繋がる。
今の企業の置かれた環境は、それほど甘いものではないし、ボーダレスによって「日本の特殊事情」という言い訳が通用しなくなった以上、一歩間違えれば大企業でも傾く時代は、これからもしばらくは続いていく事になるのである。
 
そう、目前の売り手市場だけ見ていては、その先の荒波に飲み込まれてしまうのは必然だ。
これからは、会社という組織に頼るのではなく、自分自身は自分自身で磨きあげなければ、その会社諸共沈みかねない。
団塊の世代の大量退職や失われた10年間の雇用不足、若年者人口の急激な減少など、国内の特殊要因に一喜一憂している場合ではないのである。
 
だからこそ、「キャリアプランニング」という自身でキャリアを築いていく、という発想が重要度を確実に増しているのだ。


<strong>【仕事の本質】</strong>
 
では、その仕事というものに目を向けてみよう。
 
『<strong><a href="<$MTBlogURL$>career/000048.html">「勉強」と「仕事」の大きな違い</a></strong>』でも述べたが、仕事とは、例えば「勉強をすれば点が上がって合格する」というようなものとは異なり、自身だけの努力だけではどうにもならない場合もあり、同じく、その成果の大きさは、一人の努力だけでは変えきれない、というものである。
もちろん、だからと言って、手を抜けば如実にそれが成果に反映されてしまうという面があり、かなり厳しい環境であることは間違いない（しかし、だからこそ成果を出せた時の達成感は格別であるのだが）。
 
外部環境も厳しければ、そもそも、仕事自体も簡単なものではないのだ。
一部のラッキーな人を除いて、「成功者」といわれる人達は、総じて、他人よりも多くの努力を積み重ねているという事実が、それを物語っている。
勉強（暗記）をすれば点が上がる、という単純なものではない。自身の能力も向上させなければならないが、同時に、人を動かす力、手の届かない範囲の人をも律する力（仕組みを生み出す力）、自分以外の人の能力を開花・発揮させる力さえ求められる。しかも、時の運まで、引き寄せなければならない。
 
そんな仕事において、「○○業界にいれば安心」等と言うものが存在するだろうか？
 
想像通り、それは否である。
 
結局のところ、求められるのは、「○○業界」に行く事ではなく、どんな業界でも通用する力を養う事であり、もし選択するのであれば、それに必要だと「自分が」考える力を身に付けやすい業界はどこか、という視点である。
ここで勘違いしがちなのであるが、「便利な業界」はないという事だ。
「コンサルティング業界に行けば経営者になれる」とか「外資金融に行けばつぶしがきく」とか、確かに若干の合致するケースはあるが、それは、どちらかというと、その個人としてのキャリアの歩み方がメインであり、その業界にいたからそうなる、という事ではない。しかも、本当にそうなのかは、そこで身に付ける自分自身に問わなければならない。
 
サッカーチームに所属しているから上手くなるのではない。そこで血の滲むようなトレーニングを怠らないから上手くなるのだ。しかし、チームに属していた方が、トレーニングはしやすい環境にいられる。
これは、ビジネスにおいても同じである。
 
私がベンチャー企業に入ったのも、『<strong><a href="<$MTBlogURL$>career/000039.html">「ベンチャー企業」か「大企業」か</a></strong>』で述べたように、ベンチャーという環境が、自身が責任を負った中で、自身を鍛えるための試練の場として最適だと考えたからだ。
 
しかし、そのような視点だけでは、納得のいくキャリアを歩める訳ではない。


<strong>【成果にこだわりたいなら好きなところへ行け】</strong>
 
これだけでは、なかなかどこへ行くかの決断はできないだろう。
では、具体的にどうすべきか。
 
私は、基本的には「好きなところ」へ行く事をお勧めしたい。
 
仕事というのは、成果を出そうとすると、非常に厳しい環境である。これから社会に出る人達に対しては特にであるが、私は甘いことは言いたくない。それは事実に反するからだ。
仕事というは、辛いものである。
しかし、「いつか死ぬからこそ、生が尊い」のと同様に、「辛いからこそ、成果が出た時の喜びが大きい」のである。仕事とは、常にチャレンジであり、チャレンジして成果を上げるには、常に困難を伴う。
正直、私もくじけそうになった事は何度となくある。しかし、それでも気を振り絞って乗り越え、成果を出してきたからこそ、今があるのも事実だ。
 
そんな環境を乗り越えるには、少なくともその仕事、あるいはその会社や環境に自分が価値を見出しておかないと耐えきれない。
人が追い込まれた時、それをやりきれるかどうかは、その人の「想い」の強さにかかってくる。日頃は論理的に判断する事を求めるが、ここに限っていえば、確実に精神面からの影響が大きいのだ。
「好きこそものの上手なれ」ではないが、成果まで導けるかどうかは、ある意味、「執念」「しつこさ」がポイントになってくるのだ。それが生まれるのは、まさにそういった精神面、特に「想い」というところのインパクトが格段に大きくなってくる。
 
それを見出すには、少なくとも「好き」であるという感情は大切にする必要が、私はあると信じている。
「好き」でなければ、我慢はなかなか続かないものである。勿論、それが使命感にまで昇華しうるなら、よりやり抜ける確率は高まってくるが、使命感を持てるかどうかは、その人の経験、すなわち原体験に依るところが多いため、誰しもが容易に昇華できるとは思えない。
 
ただ、「好き」という評価だけでは、応用性に乏しいので、「○○という理由で良いor悪い」というものも見出していく必要があろう。
例えば、特に新卒採用者であれば、業界に特化せずに色々な業界・企業を見る事ができる。これは一生に一度あるかないかの大きな機会である。それを有効活用しない手はない。そう、とにかく気になる業界・企業は情報収集しにいくのだ。そして、少しでも「好き」とか「面白そう」と感じる企業をピックアップしておく。
次に、ここで止まってはいけない。一定以上、ピックアップ企業が出てきた後は、なぜその企業が「好き」とか「面白そう」と感じたか、自分に問い掛けてみるのだ。きっと何かの要因や理由があるはずだ。
ここで、得られた答えが、当面のあなたのキャリア選択の軸となるものである。
この軸を選ぶ事ができれば強い。なぜなら、大抵の場合、事象をそのまま持ってくるよりも、より普遍的な何かが見つかるからだ。
それがわかれば、道は自然と見えるようになってくる。少なくとも、私は行く先にあまり迷う事がない。迷うとするなら、複数の選択肢の中で、最も自分の方向性と合っているのかどうか、比較検討する際くらいである。
 
そこまで行ければ、当面の道はある程度楽に選べるようになってくるだろう。
後は、運を天に任せるではないが、採用企業側に下駄を預ければ良いのである。
 
しかし、就職するまではそれでも良いが、就職してからは、この方法ではままならない。
では、就職してからは、どのようなところに目を向けていけば、働き出してからも、大きな迷い道にはまる事はなくなるのだろうか。


<strong>【目前の成果にまずはこだわる】</strong>
 
一体、何が不足しているのか。
それは、「成果」へのこだわりである。しかも、それは大きな方が良い。
 
一つは、『<strong><a href="<$MTBlogURL$>professional/000142.html">なぜ、人の「成長スピード」に大きな差が生まれるのか</a></strong>』で述べたように、大きな「成果」を狙うと、「目標」が大きくなり、その分、大きな失敗する機会も得られ、成長に繋がりやすいからである。
そして、最初から失敗しても良いと思うのではなく、最後まで「成果」を出す事にこだわりを持ち続ければ、より、そこから得られるものは大きくなっていく。
 
そういった経験をしていければ、必ず大きな「成果」を出すときが来て、その「成果」を元に、次のキャリアをより歩みやすくなる。例えば、社内では最も難しく重要な課題が集まるようになるし、社外に対しても自分の名で話す事ができる。すなわち、個人としての市場価値は高まる。
 
もう一つは、「成果」を出す事で、あるいはその過程で、自分のやりたい事が明確になってくる、という理由だ。
よく、「私は何に向いているでしょうか」「私は何をすれば良いと思いますか」という質問を受けるが、そんな事を明確に分かっている人間など、本当に極僅かである。
芸事をやっている著名な人でも、ある程度の歳になって初めて、「この仕事が向いていたのだろう」と言えるぐらいである。そこまで強い信念を持てる人は、いないとは言わないが、何らかの原体験がない限りはないと言って良いだろう。
 
私も、キャリアを積む中で、「現場経験がなければ駄目だ」とか「経営の重要性というのは、思っている以上だ」とか「資本の論理は引っ張られては駄目だが軽視してはいけない」とか、それぞれのフェーズで気付いていった。
だからこそ、その必要性に駆られて転職に踏み切ったのである。
 
それに、成果を出せるようになると、見える景色が違ってくる。
例えば、業務改善に関する仕事で成果を上げたなら、それ以外の部門の業務の無駄というのが、見たくなくても見えてきてしまう。顧客対応力が身に付けば、営業部門や社内の顧客対応部門の粗が見えてくるだろう。
言葉では説明しにくいが、スポーツなり勉強なり何でも良いので成果を上げた人は、何となくイメージできると思うが、成果を出して自分の論理に自信がつくと、それとは違った事をしていて上手くいってない人がいると、立ち所に見えてくるものなのだ。
そうなると、次に何をすべきかは、まず迷わないだろう。どちらかと言えば、何から始めて良いか迷うくらいだ。
但し、そうなった時は、一歩引いて、「本当にそれだけで良いのか」と自分に語りかけるもう一人の自分を持っておくべきだろう。この辺りまで来ると、また違った悩みも出てくるのだが、それは今は考えなくとも良いかもしれない。
 
話はかわるが、最近、「思っていたのと違う」とか「配属先が希望通りではない」と言って、新卒入社でも半年から1年程度で会社を辞めて転職してしまう人がいるが、正直、「？」と思う。
そんなに自分の判断は正しいと言えるのだろうか。人に与えられたものに文句だけ言っていれば良いのだろうか。
 
自分の判断に確信を持って「Yes」と言えるなら、直ぐにでも部署異動なり転職なりすべきだろう。
実際、酷い会社も職場もたくさんあるから、それは否定しない。TOPが駄目なら会社は駄目、本部長が駄目ならその事業は駄目、中間管理職が駄目ならその部署は駄目。そういう判断は必要だ。駄目な環境に身を置く事は、短期間で十分だ。それ以上の価値があるとは思えない。
しかし、入社2～3年目くらいまでは、自分の視野は地面と同じくらいであると思った方が良いだろう。実際は、その仕事について何も見えていない事がほとんどだ。そんな視野だけで、正しい判断が出来るとは思えない。
やりたい事ができているか、と、会社や事業部が駄目、というのは、次元が異なるからだ。
 
どのような環境であれ、「成果」にこだわりを持って個人として当たれば、色々なものが見えてくるはずだ。そこに、会社のブランド名や流行りの業界など関係ない。
そういった積み重ねがあって、初めて、自分が「やりたい！」「やらなければならない」と思えるものが見えてくる。もし、それが見えてきたら、直ぐにそれが出来る環境に移るべきだろうが、少なくとも、それまでは、目前でも良いので「成果」にこだわりを見せて、実績を積み重ねて貰いたい。
そうすれば、いざ環境を移そう、と思った時に、様々な選択肢が向こうからやってくるはずだ。
 
これは、「女性の仕事選び」も同じことが言える。
私は、女性に就職先の相談を受けた際は、既にある程度意志が決まっている場合は別だが、基本として、女性が活躍しやすい業界・企業を選ぶ事をお薦めしている。
具体的に言えば、女性が使用する商品（製品・サービス）を扱っている企業である。もちろん、他の業界もあるし、業界に関わらず企業でも差は大きい。ただ、一般的に言って、顧客が女性の場合、女性の意見が重要視されるため、社内でも扱いは相対的に重要視される。
そこに行けば、より成果を出しやすいし、そういったチャンスもかなり高くなる。成果が保証される訳では決してないが、他よりもチャンスが多いのであれば、当然ながら大きなプロジェクトに関われる機会も多いし、成果を出せる確率は高くなるのだ。
 
勿論、だからと言って何でも良いとは言わない。先人達の知恵を借りる事は大切だろう。
特に、言葉は悪いが、「業界バカ」「○○会社バカ」にはならない事だ。自分の会社や業界を俯瞰して見る余裕は常に欲しい。
しかし、「キャリア」とは、与えられる、正解がある、というものではなく、そうして自分で見出し、掴み取るものである。
それは、心に刻んでおいて貰いたい。


<strong>【キャリアは積み上げ】</strong>
 
最後に触れておきたいのは、キャリアとは積み上げである、という事だ。
例えば、コンサルティング会社に入っても、分析ばかりしていては分析しか出来ない（但し、分析は人の何倍もできる）し、多種のプロジェクトをこなせば応用力の高いコンサルタントになれる（但し、特定業界の知見は貯まりにくい）。また、私のように現場経験も積んでいけば、現場に入って現場改革ができるようにもなれるが、現場経験がなければ、どうしても理論を振り回してしまうコンサルタントになってしまうケースが多い。
 
これは、考えれば当たり前の話ではあるが、その人が経験してきたものと、そこで上げた成果によって、その人が発揮できる力の可能性が形成されるのである。
ここについては、非常に厳しい環境下に身を置き、少々評価が悪くとも必死で食らいついていくことで、積み上げるスピードを加速する事が出来るが、決してジャンプアップする事は出来ない。
ＭＢＡをとったからと言って経営が出来る訳ではない、出来る可能性が少し高まる、という事と同じだ。
 
企業選びというのは、自分の舞台を選定する事に等しい。すなわち、自分で何を積み上げるかを選ぶ、という事である。決して、銀行に行けば優秀なバンカーになれる訳でもなければ、コンサルティング会社に就職したからと言って、経営改革が出来るようになる訳でもない。
そこで、「何を」「どれだけ」「どの程度の時間をかけて」積み上げるかが、大切なのである。
 
但し、一点だけアドバイスするとするならば、最初の会社の「仕事のスタイル」は、一生つきまとうと思った方が良い。
少し仕事を一緒にして、最初の仕事を聞けば、大体、「ああ、なるほど」と思うことが多い。
それは、「仕事の作り方」を最初の会社で身に付ける事に起因する。
かく言う私も、コンサルティング会社での経験は4年と、遂に事業会社での経験年数の方が長くなったが、未だに「コンサルタントっぽい」と言われるし、私はそれで良いと思っている。それが、自らが積み上げてきた自分らしさだからだ。
ただ、キャリア人生において一生ついてくる話であるから、そういう視点でどんなビジネスパーソン（官・民関わらず）になりたいかを考えてみるのも良いだろう。
 
 
最後にまとめよう。
「キャリア」には、万人に通じる正解などない。世の中のブランドや流行りに流されてはいけない。
また、「自己分析」をするだけでは、自分の適職など見つかりえない。「やりたい！」と思えるものに出会うためには、仕事という環境の中に身を置き、そこで「成果」にこだわる事で、初めて糸口が見えてくるものだ。
そして、仕事で成果を出すのは、最初はかなり力がいる事になる。好きでもない仕事でやりきれる程甘くはない以上、どこかのポイントでも好きになれる仕事を選ぶべきである。
また、求められるものを挙げるとするならば、それは、どこの業界・企業でも通じるベースの力であろう。
「キャリアプランニング」とは、「やりたい！」と思えるものが、朧気ながらでも見えて来た時に考える「環境選択」の手法である。
企業とは、自らが「成果」を出すための「舞台」でしかない。企業が自分のやりたい事を教えてはくれない。自身が「成果」と向き合う中で見出し、それを実現する場なのである。
 
「自己分析」が進まないと嘆く必要はない。様々な企業を見る中で少しでも光るものを感じたら、そこに飛び込んで足掻く事こそ、「やりたい！」と思えるもの探しの始まりなのだから。
 
 
本コラムは、筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」を再構成したものです。
より詳しく知りたい方はこちらへ
⇒ <a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a>
⇒ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tshimizu33/">筆者個人ブログ「清水知輝の視点 ～ビジネス・キャリア徒然草～」</a>
 
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけたが、自身の仕事の関わり方に疑問を感じ、ベンチャー企業に転職。経験を活かし、経営・事業・商品・営業等の企画業務、ライン管理職、各種改革関連業務を担い、徹底した現場主義により業績拡大を支えつつ、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングにも責任者として従事。業界特性を考慮した実践的なアプローチにより実績多数。その後、IT・ライフサイエンス領域の投資育成企業にて子会社の事業企画や経営改革、大手メーカーの機構改革などにあたった後、地元関西に戻り、中堅計測機器メーカーにて、業務領域全般を担当する執行役員代理として、各種改革業務を推進する。]]>
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   <title>マーケティング力を高める７　『ウォンツを生みだす～商品・サービス開発の方法論～』</title>
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   <id>tag:www.fri-associates.com,2009:/blog//2.270</id>
   
   <published>2009-02-24T10:00:15Z</published>
   <updated>2009-07-08T12:10:58Z</updated>
   
   <summary>企業の強さは、当たり前の事を当たり前にする、というベースの力以外に、新しいものを生み出していける力、つまり企画開発力が欠かせない。しかし、こ...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="マーケティング・ブランディング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      企業の強さは、当たり前の事を当たり前にする、というベースの力以外に、新しいものを生み出していける力、つまり企画開発力が欠かせない。しかし、この経済環境を前に、ものやサービスがなかなか受け入れられない、と苦労している企画担当者の方は多いのではないだろうか。
私は改革改善や企画開発を中心にキャリアを積んできたが、顧客のウォンツを探り出し、受け入れられるものを見出す事に、一定の法則があると感じている。今回は、この方法論、発想法について触れたい。



      <![CDATA[ 
<strong>【ウォンツを生む必要性】</strong>
 
そもそも、なぜウォンツ（具体的な要望）を「探し出す」必要があるのだろうか。
実は、表面化しているウォンツ向けの商品・サービスを検討しても良い。探し出さなくても良い分、導入部分は楽なのは確かだ。競合の真似をすれば良いだけである。
しかし、その分、競争は厳しいし、真似をしている以上、基本要素である「誰に」「何を」「どのように」について、差別化するのが非常に難しいので、実のところ、競合に勝る、あるいは、健闘するのは、かなり大変だったりする。
そして、ちょっと考えたらわかるものは、ほとんどのケースで既に商品化されている。
慣れていない市場であれば、競合の商品分析をする方が、容易に理解が進む事が多いくらいだ。私も、ファーストフェーズにおける市場調査では、競合分析を活用する場合が増えている。なぜなら、市場が細分化されてきていて、その市場における情報を正確に知るという難易度が、かなり高くなっているからである。
 
話を戻そう。
つまり、特に市場が成熟している日本においては、浅い考えで生み出せる商品・サービスは、既に実現されており、かつ、後発組として参入して利益を獲得するまで至るのは、より難しくなってきている。
そのため、新しい市場、すなわち、「ウォンツ」を「探し出す」必要があるのだ。前号で触れた<a href="<$MTBlogURL$>marketing/000123.html">ブルーオーシャン戦略（BLUE OCEAN STRATEGY）</a>も、そのためのものである。
 
<strong>【シーズを把握する】</strong>
 
こういった環境下において、事業創出を本気で考えるのであれば、既にあるものの焼き直しでは不足する。
自分が考えているものが、焼き直しレベルなのか、それとも、ウォンツを顕在化させ事業を創出するレベルなのか、明確に切り分ける事が大切である。
前者と後者では、アプローチが明確に違ってくるからである。
 
既にご理解の通り、このコラムでは、後者について扱うが、次にウォンツを探し出す方法について触れていこう。
 
まず、これは重要な事なので最初に触れるが、ウォンツを生みだす、と言うことは、ビジネスにおいては、安定的にそのウォンツに応え続けられる、という条件がついてくる。あるときは提供できるが、提供できない時も時々ある、というのでは、企業のスタンスとして疑われる（限定商品などは除かれる）。
また、ある程度の差別化をはかれる、あるいは、先行優位を保てるものでなくてはならない。市場が成熟するにつれて、参入企業が増えてきて競争は激化する。これは避けられない流れだが、差別化などにより、激化するタイミングを遅らせ、先行者利益を確保する事は可能だ。
 
そうなると、やはり自社が持てるものを最大活用するしかない。
それは、一言でいえば、「シーズ」である。
シーズとは、種、の意味であるが、その企業が持つ何らかの強みを指す。種を植えて、将来、実がなる（成果が出る）かもしれないものだ。
例えば、保有しているある固有の技術だったり、あるいは、現状提供しているサービスの一部だったり、それらのノウハウだったりする。
 
ウォンツを生みだす、と聞くと、一から作っていくように思われるかもしれないが、スピードを要求される現在の市場環境においては、それは難しいと言わざるを得ない。
だからこそ、自社が持てるものを明確化し、それを活用する必要がある。
 
しかし、多くの企業で、自らのシーズを理解できていない。
なぜなら、自社では当たり前でも、他社や顧客から見れば、特別なものである場合があるが、外に目を向けていないと、その価値を正しく認識できないからだ。つまり、多くの企業で、外部視点を持ちきれていない、という証左とも言えよう。
 
市場を知り、競合を知らなければ、シーズを見出す事はできない。
あなたは、自社のシーズを本当に理解しきれているだろうか。
 
<strong>【ニーズを探せ！】</strong>
 
残念ながら、シーズを理解するだけでは、ウォンツにまで昇華できない。
なぜなら、それを求める者がいなければ、商品としては成り立たないからだ。
 
では、既に顕在化しているウォンツを追うのではなく、新しくウォンツを見出すにはどうすれば良いだろうか。
答えは簡単だ。
ウォンツになる一歩手前、顕在化していない欲求、すなわち「ニーズ」を探せば良い。
「ニーズ」とは、例えば、ある製品・サービスに対する不満であったり、何となく欲しいけど実現されていないものである。
 
第一に、最も簡単な方法は、「不満」を軸に考える事だ。
但し、その不満をそのまま受け取るのではなく、発生する要因をもう一段階、あるいは二段階ほど、深掘りしなくてはならない。
例えば、よくあるのが「値段が高い」という不満である。
しかし、よくやりがちだが、それを聞いてそのまま安くしてはいけない。過去に何度も触れているが、それを始めると、市場は不毛の大地と化す。DELLがPC市場を席巻したが、その代償として得られたはずの数多くの利益を失った。
どうすれば良いかと言えば、どういう時に値段が高いと感じるかを探る必要がある。例えば、BtoBのメンテナンスにおいては、都度見積もり型を取ると不満が出やすい。しかし、プライスリスト型を取ると不満は少ない。なぜなら、事前に納得した顧客しかメンテナンスしない事に加えて、メンテナンスするかしないかの主導権が、常に顧客側にある（ように感じる）からだ。他にも、<a href="<$MTBlogURL$>marketing/000123.html">ブルーオーシャン戦略（BLUE OCEAN STRATEGY）</a>で触れたQBハウスのように、自分のやりたいレベルでサービス内容を止められ、それが価格に反映される事で、その不満を解消する事もできる。
もちろん、こういったケースだけではないが、市場における不満を参考に裏に隠れたウォンツを見出す事ができる。
 
第二に、異なる市場のウォンツを参考にする方法がある。
例えば、カメラや携帯に防水機能をつけたのも、元々は時計などの日常的に使用される製品に近づいてきたため、そこから持ってきた訳だし、三洋のエアウォッシュなどは、元々BtoB向けに展開されていた技術を転用して、家庭用にしたり、掃除機フィルターの汚れ落としは、同じく集塵機などの工業製品で用いられていたものを活用している。
このように、他の業界や他の顧客向けに展開されているものを、持ってくるというケースは、顧客層の行動様式などが近いほど、リスクが少なくて済む、という特徴がある。
ペルソナなどの手法を元に、その顧客像が他にどのようなものを使っていて、どのようなものに価値を感じているのか、顧客理解を進めれば進めるほど、こういった「異なる市場におけるウォンツの流用」が行いやすくなってくるのだ。
そのためにも、深い顧客理解は、ここでも必要となるであろう。
 
<strong>【あらゆる組合せから想像の翼を羽ばたかせる】</strong>
 
「シーズ」と「ニーズ」を把握した後はどうするか。
それらを並べて見て、組み合わせてみて、ニーズに昇華できるものがあるか、徹底的に考え抜く必要がある。
「この組合せはないよな」などと決めず、とにかく、あらゆる組合せを試してみるのがコツだ。
ここから先は、ペルソナなどの手法を駆使し、本当に欲しいと思うか、顧客視点にこだわって、いや、顧客視点以外は考えないぐらいの気持ちで、組合せを評価していかなければならない。

この時に、思い入れなどは不要だ。
ついつい、自分が見出したものなどを推してしまいがちだが、それをやってはマーケティングを担う者としては、完全に失格である。
常に、豊かな想像力を発揮してイメージを膨らませ、その後、第三者の視点で、冷徹に物事を見極める。
それにより、真に進むべき道が、うっすらとかもしれないが、見えてくるだろう。
 
 
最後にまとめよう。
今の時代、市場は成熟し、ウォンツとして表出し、認識しやすいものは、ほとんどが提供されてしまっている。
そのため、提供者は、ウォンツを生みだしていく必要がある。
「ウォンツ」を生み出すには、「シーズ」と「ニーズ」を探る必要がある。
なぜなら、実際に「ウォンツ」を生み出し何かを提供するには、「シーズ」は欠かせないし、「ニーズ」が無ければ、非常に革新的なものを除き、決して「ウォンツ」にはなり得ないからだ。
「シーズ」は技術もあるが、サービスやその他の部分でもある。ある意味、「差別化可能なリソース」と思ったら良いだろう。
また、「ニーズ」はユーザーの「不満」や異なる市場における「ウォンツ」を参考にすると、見出しやすいと言えよう。
改めて見直せば、自社（シーズ）と顧客（ニーズ）を見て、競合など他社の商品（製品・サービス）を参考にする、という当たり前のことを言っているに過ぎない。
しかし、多くの企業では、自社の都合で動き、顧客を見ない、あるいは、顧客は見ても競合は意識しない、という事が現実に起きている。
是非、もう一度、基本を押さえ、ウォンツを見出していって貰いたい。
 
 
●「マーケティング力を高める」シリーズ
 <a href="<$MTBlogURL$>marketing/000041.html">マーケティング力を高める１　『マーケティングとは何か』</a>
 <a href="<$MTBlogURL$>marketing/000066.html">マーケティング力を高める２　『ターゲットを絞る』</a>
 <a href="<$MTBlogURL$>marketing/000085.html">マーケティング力を高める３　『コンセプトを打ち立てる』</a>
 <a href="<$MTBlogURL$>marketing/000107.html">マーケティング力を高める４　『コミュニケーション・ミックス』</a>
 <a href="<$MTBlogURL$>marketing/000127.html">マーケティング力を高める５　『新マーケティングミックス』</a>
 <a href="<$MTBlogURL$>marketing/000123.html">マーケティング力を高める６　『ブルーオーシャン戦略（BLUE OCEAN STRATEGY）』</a>
 
より詳しく知りたい方はこちらへ⇒ <a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a>
 
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけたが、自身の仕事の関わり方に疑問を感じ、ベンチャー企業に転職。経験を活かし、経営・事業・商品・営業等の企画業務、ライン管理職、各種改革関連業務を担い、徹底した現場主義により業績拡大を支えつつ、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングにも責任者として従事。業界特性を考慮した実践的なアプローチにより実績多数。その後、IT・ライフサイエンス領域の投資育成企業にて子会社の事業企画や経営改革、大手メーカーの機構改革などにあたった後、地元関西に戻り、中堅計測機器メーカーにて、業務領域全般を担当する執行役員代理として、各種改革業務を推進する。
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   <title>仮説と勘を分けるもの</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fri-associates.com/blog/basic-skill/000267.html" />
   <id>tag:www.fri-associates.com,2009:/blog//2.267</id>
   
   <published>2009-02-12T09:18:33Z</published>
   <updated>2009-02-15T06:31:30Z</updated>
   
   <summary>最近「仮説思考」という言葉を良く耳にする。 この前、友人と食事をしてプライベートの悩み相談に乗っている際、非常に大胆な原因分析とアクションを...</summary>
   <author>
      <name>理事 高橋建人</name>
      
   </author>
         <category term="仕事術・思考方法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      最近「仮説思考」という言葉を良く耳にする。
この前、友人と食事をしてプライベートの悩み相談に乗っている際、非常に大胆な原因分析とアクションを伝えたら、「納得感はあるけど、それって仮説じゃなくて勘なんじゃないの？」という返答を受けた。
ここでは仮説と勘の差異を論じ、仮説思考力の上げ方に言及したい。



      いきなりだが、皆さんは毎朝、新聞を読んでいるだろうか？
「仮説思考は自分で想像して考える力だから、新聞読んでも役に立たないのでは？」、「むしろ自分で考えなくなるのでマイナスでは？」と思った方は、仮説思考の捉え方が間違っている。仮説思考とは独りよがりのロジックを組み立てる事では、決してない。


仮説思考、という言葉が最も使われる職種はコンサルタントだろう（本来はあらゆる問題解決の場面で必要になるので、決してコンサルタントだけに必要な力ではないが）。コンサルティング会社がクライアントから仕事を受注する際に、我々はこういうアイデアを持っていますという提案をまず行う。その際にはまだ契約が結ばれていないので、クライアントの社内情報などにはほとんどアクセスせずにプレゼンテーションを作っていく事になる。まさしく仮説の状態で何千万円という仕事を取ってくるのだ。


しかし当然だが提案の根拠が「勘」ではクライアントを納得させる事はできない。相手が納得するに足る「論理」を伴って提案をする必要がある。その「論理」の質を決定的に左右するのが、「知見」と呼ばれるものだ。


例えば小売業界のA社に提案をする際に、その業界のB社でコンサルティングをした経験があれば、A社の情報を見ずとも、会社の問題構造と施策をある程度は推察することができる。このように応用可能になるまで昇華させた知識が「知見」である。規模の大きなコンサルティング会社には各方面の知見者がいる事が強みとなっているし、逆に業界を絞った専門的なコンサルティング企業も存在する。


知見とはこのように業界に紐付いたり、スキル（マーケティング、ファイナンスなど）に紐付いたりするが、いずれにせよそれを応用するからこそ、スピーディーに精度の高い（論理の通った）仮説を構築することができるのだ。頑張って論理の質を上げようと本やセミナーで勉強する人が多いが、自分の経験では知見がないあるいは薄い事に、より強い問題意識を感じている。




「仮説」と「山勘」の違いがそろそろ掴めてきただろうか。
全く論理のない仮説がいわゆる「山勘」であり、一見ぱっと出てきた勘のように見えても、その裏では論理が紐付いているものが「仮説」であり、さらにその論理が単なるフレークワークを使った机上の空論ではなく、知見に支えられているのが「精度の高い仮説」なのだ。


ではどうやったら知見が得られるのか。方法は1つしかない。

1．インプット　：良質な情報（あえて情報という表現を使う）を仕入れる

2．アウトプット：その情報が持つ意味合いを考え、情報を知見へと高める

この1・2をひたすら繰り返す事だ。



CNETというサイトをご存知だろうか？IT系のニュースサイトとしては世界最大のサイトである。私はITが好きなので、日々このサイトをチェックするのだが、「アメリカでこういう技術を持ったベンチャーが注目されている」という記事があったとする。そこでふんふん、で終わってはただの情報通だ。


「ではその技術を日本に展開したらこういうビジネスが生まれるのでは？」
「そういえばこの前読んだ携帯コンテンツビジネスの内容にこの技術を組み合わせると、ブレークスルーが生まれるのでは？」と他の情報を組み合わせて、自分なり仕入れた情報の意味付けをしておく。このような日々のストックが仮説の質を分けるのだ。


こればかりは時間が掛かる。とはいえ毎日の電車の中で目についたつり革広告から、その文書が事実だとしたらどういうインパクトが世の中にあるか、を想像するだけでも訓練になる。単にワイドショーのネタを拾ってお昼休みにしゃべって終わるのとは大違いだ。
冒頭の「新聞を読んでいるか」というのは、まさに、このインプット⇒アウトプットの流れをスタートさせていますか？という問いを皆さんに投げかけたのだ。




そして知見のストックの量は、学生や若手社会人の間ではわずかな差しか出ないが、その後飛躍的に差がついていく。その理由が分かるだろうか？


会社に入りたての新人に対しては、上司もまだ力を測っている段階なので、まず与えられる仕事は誰でも同じようなものである。しかし多少なりとも知見のストックがある事で、似たような仕事の中でも成果に差を付けることができる。最初の内はわずかな差だろうが、少しでもリードが見られる人・成長が期待できる人材に、少しずつ良い仕事が振られていき、その人はより大きな成長機会を手にしていく。このループが軌道に乗ると、いつまでも同じような仕事をしている人に比べて能力や経験値の幅が圧倒的に広がっていき、気が付いたら知見の量に大きな差がつくのだ。
ぜひ今すぐにでもストックを始めて欲しい。




最後にコンサルティング業界を志望して就職活動や転職活動を行っている皆さんに、特に注意を促したい。これは私の短いコンサルティング経験でも見られた誤解だが、「コンサルタントになれば知見が得られる」訳では決してない。単に資料を見て終わるだけであれば、巷に売っているロジカルシンキング本に毛が生えた程度の情報を頭に仕入れて終わるだけだ。そのレベルで情報を知見だと勘違いしてしまうコンサルタントが多いので、むしろマイナスかもしれない。


自分なりに興味を持って情報を仕入れ、意味付けを行って頭にストックする事こそが知見の本質である。そして知見こそが質の高い仮説を作る、最大のポイントなのだ。



◆筆者紹介
FRI&amp;Associates学生領域担当理事。
東京大学工学部システム創成学科卒業（2007年）
大学生時代は映像制作の会社を立ち上げ、Webサイトへの動画コンテンツ提供を行う。卒業後、アクセンチュア株式会社にて、コスト削減プロジェクトの立ち上げメンバーとして活躍した後、現在は不動産ベンチャーに参画し、取締役としての社内業務並びに管理・運営事業の責任者を務める。
FRIでは大学3年生よりスタッフを務め、FRI CampのPMを務めるなど経験多数。
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   <title>非エリートキャリアのすすめ</title>
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   <published>2008-07-11T16:00:00Z</published>
   <updated>2008-09-17T14:55:31Z</updated>
   
   <summary>最近、活躍している経営者の方々の話を聞いていると、多くの人が、いわゆる「本流」のキャリアを歩んでいない事に気がつく。もちろん、経営者育成を主...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
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         <category term="キャリア・就職" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      最近、活躍している経営者の方々の話を聞いていると、多くの人が、いわゆる「本流」のキャリアを歩んでいない事に気がつく。もちろん、経営者育成を主眼に、敢えて本流を作らない会社も出てきているが、特に、日系大企業はこの傾向が強いように感じる。
「本流」とは、いわゆる、「エリートコース」というものである。


      <![CDATA[ 
多くの企業において、本社管理部門はエリートコースになっている事が多い。
最近は、経営幹部候補ということで、子会社の経営層を経験するケースも出てきているが、大抵は、財務部門や経営企画部門などを経て、役員への階段を登り始める。
他にも、その企業で最も大きく安定している事業の管理職も、コース上にある事が多い。
 
しかし、そういったタイプの人が社長に就いても、企業は大きな発展をしたケースは少ない。
それは、多くの著名な経営者を見てみれば明白だ。ほとんどが傍流で多様な経験を積んでいるケースが多い。
確かに、本流の人がトップに就くと、企業が潰れるケースは少ないようだ。ただ、大きな問題が起きた際に、企業が傾くのもまた、こういったエリートコースを歩んできたトップであるケースが多い。
ようは、失敗がないかわりに成功もなく、安定するが変化に弱いのである。
 
これは、今までの「エリートコース」が「成功させる(≒挑戦する)」人ではなく「失敗をしない」人を選んできたからに他ならない。
こういっては何だが、大企業のメインストリームを担う事業は、頑張って良くしようと「しなければ」、悪くなることもまた少ない。ようは、変化させなければ、誰がやっても同じようなものである。だからこそ、その企業は秀でているとも言えるのだ。
そんな安定的なところばかり経験し、失敗だけはせずに、それなりの期待にだけ応えてきた人が、自ら目標を掲げて会社をリードし、環境変化に合わせて変革し、更なる発展を遂げられるのだろうか。それが難しいことは、想像に難くないだろう。
 
そして、どれだけ大きな企業でも、事業の集合体であることに他ならない。そして、事業は成長と衰退のサイクルで動く。つまり、いつまでも安定だけ求めていてはならず、必ず転換期を乗り越えなければ、その企業は傾くのである。
多くの日本企業は、市場の拡大にのって、そういった本来の転換期を誤魔化して乗り越えたような錯覚を得て成長してきた。その分、企業の内部に多くの歪みが残されており、そういった部分にメスを入れたり、ボーダレス化や消費者の成熟化という市場環境変化に対応するため変革を進められるトップでなければ、企業を更に成長させることは難しいと言えよう。
 
少し脱線するが、いわゆる新卒で入社する人気企業についても、企業の抱える事業のサイクルから考えると、ある程度仕事で実績をあげて、更に大きな実績をあげるための仕事に就ける頃には、その企業や企業が属する産業自体が、衰退期に入っていることも多々ある。
今でも、多くの学生が金融業界を目指すと聞くが、金融とは社会インフラの一部である以上、なくなる事はなくとも、大きく役割を変える事もない。ガスや電力のように規制がかからないのであれば、その多くは競争に晒されて、当然ながら業績を悪化させる銀行も出てくる。あれだけ多くの雇用を、将来にわたって維持できるとは到底思えないし、給与だって相対的に下がってくるだろう。
それなのに、なぜか現状の安定を求めて、多くの人が「現在の人気企業」、そして、多くの場合「将来の不人気企業」を選んでいる。これも１つの歪みと言えるだろう。
 
話を戻すと、これからますます本質的なリーダーが求められる傾向は強まっていくだろう。後少なくとも、四半世紀近くは続くと思われる。
そうであれば、大企業の「エリートコース」を目指すことが、本当に将来の自分のためになるのか、素直に考えてみればわかって貰えると思う。
 
これから求められる人材は、自ら考え、自ら方向性を打ち出し、それを推進できる人である。
そういった人材は、早くから人の上に立ち苦労をし、新しいことに挑戦して意思決定し、多くの失敗も経験することで、多様な価値観を理解し、自らの考えを的確に伝えて人を動かせるようになるのだ。
すなわち、今で言う「非エリート」コースを歩まなければならない。
いわゆる本社管理部門ではなく、新しい事業や大きくない事業、あるいはベンチャー企業などにおいて、自らがなるべく重い責任と権限を持って、事業を遂行する立場に身を置き、極論すれば、本社管理部門のような安定環境から遠い、いつ潰れるともわからない不安定な事業現場で、事業の本質を学ぶべきだろう。
 
そのためには、旧来型の「エリートコース」に乗っていては、それは望めない。
社内異動でも転職しても良いが、若いうちから安定した場所に身を置くのではなく、数年でビジネスの基本を身に付けた後は、失敗できるうちは失敗を恐れずにチャレンジする、また、チャレンジできる環境にいることを心がけた方が良いだろう。
少なくとも、大企業に入って育てて貰おう、などという甘い考えは捨てた方が良い。正直、そんな余力はほとんどないのが実態である。少なくとも、活躍の場、として捉えるべきだろう。
 
それこそが、自身を加速度的に成長させ、自立という最も安定した力を手にする方法なのである。
 
 
より詳しく知りたい方はこちらへ（本稿は、個人ブログより転載）
⇒ <a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a>
⇒ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/tshimizu33/">筆者個人ブログ「清水知輝の視点 ～ビジネス・キャリア徒然草～」</a>
 
◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates 理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけ、その後、自らの関わり方に疑問を持ちベンチャー企業に転進。経験を活かし、経営企画・事業企画・商品企画・営業企画など様々な企画業務、数十名規模のライン管理職、業務・会計・人事などの各種改革業務などを担い、業績拡大を支える。また、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングに責任者として従事する。実践的なアプローチにより実績多数。IT・ライフサイエンス系投資育成企業にて、子会社の事業企画や経営改革、大手企業の機構改革などにあたった後、現在は、地元関西の中堅メーカーにおいて、業務領域担当の執行役員として、戦略遂行と業務改革・改善など、成果にこだわった企業運営を担っている。
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   <title>JAL 国内線ファーストクラス導入を分析する</title>
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   <published>2008-06-30T14:30:05Z</published>
   <updated>2008-06-30T14:42:42Z</updated>
   
   <summary>JAL国内線にもファーストクラスが導入され、サービスが拡大されている。しかし、彼らの戦略を見ているとマーケティングの本質を見誤っており、ブラ...</summary>
   <author>
      <name>創設者　河合 拓</name>
      
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         <category term="マーケティング・ブランディング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      JAL国内線にもファーストクラスが導入され、サービスが拡大されている。しかし、彼らの戦略を見ているとマーケティングの本質を見誤っており、ブランド毀損が起きているということに気づいていないことがわかる。



      <![CDATA[JAL国内線にもファーストクラスが導入され、サービスが拡大されている。しかし、彼らの戦略を見ているとマーケティングの本質を見誤っており、ブランド毀損が起きているということに気づいていないことがわかる。


　今回のファーストクラスは、従来はステータス取得者でしか入れなかったプレミアムラウンジや搭乗時の名前でのご挨拶なども含まれている。しかし、「贅沢」と「特別」の境界線が曖昧になり、FSP（フリクエントショッパーズプログラム）顧客が混乱し始めているわけだ。


　ファーストクラスというものは、そももそ「お金」で「贅沢」を買うものだ。極論を言えば「金を払えば贅沢は青天井」でもよいといえる。一方、「特別」は決してお金では買えない。ビルゲイツが登場したてのSONYのAIBOを購入しようとしたが買えなかった、または、田園調布の某テニスクラブはお金を積んでも会員の紹介がなければ入会できない、というのに似ている。同様に、ステータス取得者だけが得られるサービスというものは、それだけで残しておく必要があり、例えば、プレミアムラウンジ、または、（たとえ、エコノミークラスに登場しようと）搭乗時にチーフパーサーがでてきてお名前をよび挨拶をしてくれる、などのサービスだ。プレミアムラウンジには、たとえファーストクラスの客でもいれてはいけないと私は思うし、ステータス会員であればエコノミークラスであろうと挨拶するぐらいがよい。これは、由緒正しい会員制クラブに六本木のIT成金がいきなり入ってくるようなものだからだ。こうすることでファーストクラスとエコノミークラスの両方を囲い込むことができる。


　おそらく、年間50回以上のフライトという気が遠くなるような努力で得られるステータスが、たった8000円のアップチャージで簡単に得られるようになれば、ステータス会員はANAなどに流れてしまうだろう。せっかく囲い込んだ顧客をわざわざ逃がしているようなものだ。私は、この二つも持ち合わせていないいたって普通の搭乗者だが、純粋なマーケティングの観点からJALの戦略に苦言を呈したい。


　キーワードは「特別」と「贅沢」をしっかり別けて考えることである。




この記事はFRI Magazineからの抜粋です
<a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/09/P0000975.html">http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/09/P0000975.html</a>


【著者】
河合　拓　(かわい　たく)
経営コンサルタント　広く流通、小売業界に対して事業の立て直し、組織改革などを行っている。得意領域はマーケティング、事業戦略、生産性向上、営業改革、ナレッジマネジメント導入など。手がけた企業は国内外の大手上場企業。製造業、IT 企業、総合商社、流通企業など。赤字の上場企業を半年で黒字化させるなど、過去5社の立て直しを行いすべて成功裏に終わっている。
NPO法人FRIの設立者（現在はシニアアドバイザー） 自民党への政策提言、私立大学と大手商社と産学協同ブランド開発プロジェクト、大学生向け就職支援、中小企業向けコンサルティングなどを行っている。


(講演、執筆）


繊研新聞　（全国紙)
「ザ・ターンアラウンド」アパレル業界の事業再生　2007年 9月より連載予定
「間違いらだけのQR」「ファッション業界は08年に起きる地殻変動に備えよ」連載
チェーンストアエイジ　「キャッシュフロー経営」
大手都銀向けビジネス雑誌寄稿
大手製造業向けビジネスマガジン寄稿
政策学校一新塾 (大前研一設立) 講師　経営戦略アドバイザ
「ロジカルシンキングと会議の設定」
「仮説構築と情報収集、分析の技術」
「プロジェクトマネジメント」
「モチベーションマネジメント」

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   <title>企業参謀</title>
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   <published>2008-06-07T05:51:36Z</published>
   <updated>2008-06-08T04:14:35Z</updated>
   
   <summary>経営コンサルティングという仕事から、仕事の内容がどんどん広がってきている。最近では、上場企業のCEOの参謀となり、ディスカッション、ブレイン...</summary>
   <author>
      <name>創設者　河合 拓</name>
      
   </author>
         <category term="経営戦略論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
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   <category term="" label="" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      経営コンサルティングという仕事から、仕事の内容がどんどん広がってきている。最近では、上場企業のCEOの参謀となり、ディスカッション、ブレインストーミングを通して多角化戦略、成長戦略の青写真を描く。時に、クライアントの名刺を持って海外提携先との交渉を行う、または、有能な人材をスカウトしヘッドハンティングを行う、などという仕事も増えてきている。現時点で、レポート一冊いくら、という仕事はほとんどしていない。
      <![CDATA[
　そんな中、CEOの側にいて感じることは、彼らには全く情報があがってこないということだ。これは、特に伝統的な会社、歴史の古い大企業ほどその傾向が強い。笑い話がいくつかある。私が社長室にあがっていこうとすると受付から企画室へ自動的に情報が流れ、「何をしに来たのか」と大騒ぎになる。何か、まずいことを言ってはいないかと気が気でないわけだ。また、中期経営計画を立てている時も、投資対効果計算を行っている時、大きく「これぐらいの費用がかければ３年後にこれぐらいのリターンが出る」という中間報告をCEOに告げようとすると、部長あたりが大騒ぎをし出し、「確定した数字ではないので言っては困る」と騒ぎ出す。数十億の話の中で、数千万程度の誤差に後一週間かけるのであれば、現時点の概算を不確実性も含めて報告しておいた方が、経営判断を誤らない、と説得しても「正確ではない」の一点張りで言うことを聞かない。


さらに、事業戦略のオプションを考えているとき、良いアイデアが生まれたら、その場で紙にパッと書いて社長室に持って行こうとすると、「ちゃんとパワーポイントに落とせ」、「アジェンダを組め」など、体裁を整えることに必死になる。その体裁に3人の人間を動員し、3日かけてやるのだから、その非効率たるや想像に難くないだろう。


　こうして、CEOのところにあがってくる情報は、確かに、当初の数字よりはいろいろなアサンプションが組み合わさり、それなりに細かい数字になっているのだが、3人も一週間かけて作り出すほどの違いではない。それ以上に、その一週間で交渉が頓挫したり状況が変わったりする方が怖いわけだ。こういう仕事をしていると、コンサルタントという立場の良さをつくづく感じることがある。やはり、私の場合は「雇われ」だから、ある意味フェアでCEOの視点でいろいろな助言、提言ができるのだが、組織の中にいれば、自分の評価にもつながるし生活もかかっている。当然、できるだけよそ行きな格好で経営トップを話をしたいのだろうが、その組織の成長という意味で言えば、何の効果もない（無駄でしかない）という感じだ。



* この文章は河合拓の個人ブログ 「事業再生コンサルタント河合拓の視点」の過去のものから抜粋しています
もっと読みたい方は→<a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/09/P0000975.html">http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/09/P0000975.html</a>


【著者】
河合　拓　(かわい　たく)
経営コンサルタント　広く流通、小売業界に対して事業の立て直し、組織改革などを行っている。得意領域はマーケティング、事業戦略、生産性向上、営業改革、ナレッジマネジメント導入など。手がけた企業は国内外の大手上場企業。製造業、IT 企業、総合商社、流通企業など。赤字の上場企業を半年で黒字化させるなど、過去5社の立て直しを行いすべて成功裏に終わっている。


NPO法人FRIの設立者（現在はシニアアドバイザー） 自民党への政策提言、私立大学と大手商社と産学協同ブランド開発プロジェクト、大学生向け就職支援、中小企業向けコンサルティングなどを行っている。

(講演、執筆）


繊研新聞　（全国紙)
「ザ・ターンアラウンド」アパレル業界の事業再生　2007年 9月より連載予定
「間違いらだけのQR」「ファッション業界は08年に起きる地殻変動に備えよ」連載


チェーンストアエイジ　「キャッシュフロー経営」
大手都銀向けビジネス雑誌寄稿
大手製造業向けビジネスマガジン寄稿


政策学校一新塾 (大前研一設立) 講師　経営戦略アドバイザ
「ロジカルシンキングと会議の設定」
「仮説構築と情報収集、分析の技術」
「プロジェクトマネジメント」
「モチベーションマネジメント」
 
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   <title>「軸」を定める ～課題遂行における本質とは～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fri-associates.com/blog/management/000224.html" />
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   <published>2008-05-30T16:33:55Z</published>
   <updated>2009-06-21T02:25:22Z</updated>
   
   <summary>私が仕事を進める上で、徹底している事がある。 これを守らない場合、私がその仕事を見ている場合は、決して許さないし、経験上、これを飛ばして仕事...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="マネジメント・リーダーシップ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      私が仕事を進める上で、徹底している事がある。
これを守らない場合、私がその仕事を見ている場合は、決して許さないし、経験上、これを飛ばして仕事が上手くいったケースは、一部の運が良かった場合を除いて、非常に稀である。
だからこそ、徹底しているのであるが、これを徹底することで、どれだけ様々な障害に合おうとも、仕事は比較的順調に進む。

      <![CDATA[ 
それは、『「軸」を定める』という事である。
 
仕事には、大きく
・方針（軸）を定める
・方針に沿って、詳細な実行手順を決める
・手順に従って実行する
と３つ程度に分類される。
 
これは私の個人的な意見であるが、一般的に優秀（有名大学を出ていて偏差値が高い）な人は、詳細な実行手順を決める事に注力し、頭より手足を動かす事だ！というような体育会系の人は、実行する部分に注力するように感じる。
どちらが良いという事ではないが、どちらも最初の「方針（軸）を定める」部分が、軽んじられがちである。
 
確かに、仕事をする上で、方針というものは無くとも進められるのは事実である。
しかし、案を練ったり実行して汗をかくことはできても、結果的に成果に繋がらない事が多い。
「失敗も経験のうち！」とも言えるかもしれないが、それは、多くのケースで成功できる場合に限られるし、失敗と言っても、大成功に終わらなかった場合に言うセリフであろう。
実は、本気で成果を求めるのであれば、この「方針（軸）を定める」ことが、最も重要なのである。
 
先日もこんな事があった。
あるイベントのオープニングについて話していたのだが、担当から「オープニングなので短時間で終わらせる事が第一なので、使用する音楽は短時間に編集できているものにしたい」という話があった。
一見すると筋が通っているように感じるが、そこで「オープニングって何のためにするの？」と聞くと、返ってきた言葉が「スムーズに司会に繋ぐために、注目を集めるため」であった。
私はすかさず、「そうであれば、一言で注目を集められるから、オープニングに音楽を流すのは止めたら？」と返した。なぜなら、注目を集めるためだけにやるのは、費用対効果が悪すぎるし、短時間で終わらせるものの究極は、「やらない」という事であるからだ。その方向で最善を尽くせば、当然、やらない判断も出てくる。
それに対して、担当者は色々と理由を並べて話したのであるが、聞けば聞くほど、オープニングに何かをする必要性を感じなかった。
私は、それに対し、「軸は大きく２つ。イベントに集まった人にイベントの目的を伝える事に注力するか、集まった人の負荷を考えて取り止めることも含めて最小化するか、どちらかじゃない？」と指摘した。つまり、「何の為に」を明確にして、詳細な実行手順は、それに即した形で徹底して考え抜く、という事である。
「短時間で終わらせる」というのは、あくまで実行手順の話であり、それより前に、方針を定めないから、議論が行ったり来たりするのだ。
結論は担当者に任せたが、シンプルに考えれば一気に片が付く事を、ああでもない、こうでもない、と数時間かけて議論しているのだから、仕事の効率が悪くて仕方が無い。
 
こう聞くと、笑い話のようだが、皆さんの周りでも、このような事が起きていないだろうか？
私がコンサルティングに入ったり、ベンチャー企業で経験したケースの多くが、この「軸が定まっていない」事によって、時間と人をムダに浪費していた。
酷いケースでは、「方針を提案して欲しい」と顧客企業から頼まれる事も多く、提案した方針についても意思決定できない、という事も多々あった。そういう場合、過去に同じようなプロジェクトやタスクフォース、検討委員会が設定され、提言内容もバラバラで、結果的に何も実行されず、現場はプロジェクト疲れを起こしている。なぜなら、方針が不明瞭であるにも関わらず、具体的な実行策を求められて、「これは難しい」と却下されたり、突然方針が変わって努力がパーになったり、方針自体を提案しても、上の会議で決まりきらずお蔵入りになったりしているからである。
 
私は、複数の仕事を抱えても、ある程度業務を進められるが、それもこの「軸を定める」事をどれだけ最初に労力をかけても徹底するからである。逆に、これが出来ない場合は、失敗を覚悟して進めなければならず、そういう場合は、エマージェンシープランを練りながら進めたりもする。
 
詳細は、その場その場の環境変化で、当然ながら変わってくる。なので、逆に柔軟性がある方が良い。
しかし、だからこそ、方針が定まってなければならない。
「五重塔」が地震で倒壊しないのは、「心柱」という中央構造体を持ち、それ以外の部分を揺らす事で、ある意味、免震的効果を生み出す効果によるらしい。つまり、芯をしっかりと持ち、他に遊びを持たせる事で、地震に対する柔軟性を生み出している。
仕事における「方針（軸）」と「実行手順」はこれに似た関係にあると言って良いだろう。
「方針」が定まらなければ、「実行手順」がどれだけしっかりしていても、成功はおぼつかない。環境変化に耐えうるには、「方針（軸）」が定まっている事が必須なのである。
 
私は、方針を定められない事を会社のせいにする管理職を多く見てきた。しかし、本当に方針を定める事が、そんなに難しい事なのだろうか。
私はそうは思えない。
適切な訓練と経験を積めば、方針を幾つかに絞込み、決定するための要素を洗い出す事は、それほど難しい事ではない。もちろん、学習しなければ、身につかない事ではあるのだが…。
そして、確かに大変ではあるが、定める事によって得られる成果は、それを超えて何倍もあるものだから、チャレンジすべき格好の対象と考えるべきであろう。
 
私個人の意見を言わせて貰えれば、この仕事を完遂するために学ばない管理職などのリーダーの役割を持った人間は、サボっているの一言に尽きるし、そんな人間はリーダー格のポジションにいるべきではない。なぜなら、その組織にいる人達を、人として不幸にしてしまうからだ。
 
皆さんの仕事の仕方は、本当にいつも目的を見据えられているだろうか。
改めて、自分や自分の周りを見渡してみて欲しい。
青い鳥を追うのも良いが、ある意味、直ぐそばにフロンティアがあるのかもしれないのだから。
 
 
より詳しく知りたい方はこちらへ（本稿は、個人ブログより転載）
⇒ <a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/17/P0001700.html">筆者メルマガ「ＦＲＩマーケティング＆キャリア（旧就職参謀）」</a>
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◆筆者紹介
FRI&Associatesの草創期メンバーで、現在NPO法人FRI&Associates 理事長。
外資系コンサルティングファームにて、事業戦略、業務改革、IT導入などを手がけ、その後、自らの関わり方に疑問を持ちベンチャー企業に転進。経験を活かし、経営企画・事業企画・商品企画・営業企画など様々な企画業務、数十名規模のライン管理職、業務・会計・人事などの各種改革業務などを担い、業績拡大を支える。また、多数の業界大手企業のマーケティングコンサルティングに責任者として従事する。実践的なアプローチにより実績多数。現在はIT・ライフサイエンス系投資育成企業にて、子会社の事業企画や経営改革、大手企業の機構改革などにあたる。]]>
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   <title>知らずに陥る魔の思考停止とは ～仕事ができない・成果がでない理由～</title>
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   <published>2008-05-08T23:00:00Z</published>
   <updated>2009-02-27T10:26:11Z</updated>
   
   <summary>日本企業や政治・行政においても、本質的な課題解決がなかなか進まないのは、ガソリン税の暫定税率１つとっても、皆さんご存知の通りだ。特に、政治・...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
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      日本企業や政治・行政においても、本質的な課題解決がなかなか進まないのは、ガソリン税の暫定税率１つとっても、皆さんご存知の通りだ。特に、政治・行政は、見ていて滑稽なほどである。それは、どうしてだろうか。
企業を中心に、様々な現場を見てきた結果、その最大の要因は、「思考停止」にあると私は考えている。これは、知識詰込型教育の弊害とも言えるが、想像以上に多くの人が陥っている。

      <![CDATA[ 
今回は、幾つかのケースに分けて典型例を述べるので、是非、自身が「思考停止」に陥っていないかを確かめて貰いたい。
 
<strong>【神様症候群】</strong>
 
「思考停止」の典型的なケースで、最も良く出会うのが、「○○さんが言ったから」というものだ。
これの類型として、「わが社では、昔からそうなっている」「社長が決めた事だ」というものもある。
私はこれを、「神様症候群」と呼んでいるが、「お客様は神様です」とお客様の言っていることをそのまま実行するのも、この延長にあると考えている。
 
これは非常にわかりやすいケースなので、ちょっと考えればわかるだろう。
例えば、上司が言ったことを鵜呑みにして、それをいかに実行するかだけを考えたり、その世界での大家が言った事を、何の疑問も覚えず丸暗記したりしていないだろうか。
あるいは、「事業戦略ならプロダクトポートフォリオだ、マーケティングなら4Pだ、事業環境分析なら5フォースだ」などと、何でもまずは兎に角言われた通りのフレームに当てはめないと考えられない人も、これの類型に当てはまる。
最近のケースで言えば、新銀行東京の追加融資も、都知事の意向を実現するためだけに再建策を練ったのだろう。このような状態になってしまったことを分析する報告書を、詳細まで読まずに計画を立案したというから驚きだ。
 
この症状の問題は、それを続けていくと、課題の本質を理解することは勿論のこと、自らでは何も生み出せないようになってしまうことだ。
勿論、そんな事はないと思われる方も多いだろう。私も、他者の知恵の集約である書籍は、月に10冊以上読むことも多い。その書籍には、大家が書いたものも当然含まれ、フレームワークも提示されている。
しかし、それをどのように見るか、という点が大切だ。
人というのは、同じ事をずっとやっていると、「癖」付いてしまうものである。
つまり、何の比較検討もなく、偉い人が言っているからと言って、受け入れてしまっていては、どんどんと自らの思考が錆ついてきて、いざという時に働かなくなってくる。
ある世界的に著名なビジネス誌の紹介の中の大前研一氏のコメントで、「昔から自分の考えを比較する対象として読んでいる」という意味のものがあった。それも、今ほど有名になるずっと以前からである。つまり、どれだけ大家のコメントであれ、それを鵜呑みにせず、自ら考えるための対話に使う。
他者の英知であれ、そのように用いなければ、誰かに依存している事と変わりはないのである。
 
<strong>【寄らば大樹症候群】</strong>
 
最近の就職先の保守化（寄らば大樹）傾向も、根底にはこういった思考の依存体質による停止があるように思える。今から10年前に遡ったときに、果たして高成長・高収益企業がどれだけ大きかったかを見てみれば簡単である。あのTOYOTAでさえも、世界一（とほぼ同じ）になる事を見抜いていた人は少なかっただろう。
そう考えれば、今の大企業にすがるのは、必ずしも安全ではないと言う事がわかるにも関わらずである。
まあ、ここまで就活生の大多数が、大企業志向になれば、違う側面から見られない気持ちはわからないでもないが、結局は、他人は他人である。大勢に流されることは、今の時代において、リスクが大きすぎる。
 
これらがより進むと、「赤信号みんなで渡れば怖くない」というものがある。
ようは、集団心理というものだ。つまり、集団に依存して、思考が停止してしまう。
ビジネスにおいては最近流行り？の「偽装事件」があるが、三菱自動車などの大企業も、リコール隠しで潰れそうになるなど、自分で考えず集団に依存する体質というのは、クリティカルなダメージを与えるようになってきている。ただ、最近は、「内部告発」という形で事件が明るみに出る事も増えてきており、理由はどうであれ、発信者だけでなく受信者も、少しは真っ当な判断ができる人が増えてきたかな、と感じる。
 
しかし、仕事の現場に目を向けると、まだまだこの傾向は強く残っている。
例えば、何か仕事を進めようとする時、部署を跨ると途端に進まなくなる事はないだろうか。私は特にそういった部署を越えた課題を扱うことが多く、そういう方が山ほどいるのではないかと感じている。
 
それを生み出すのは、縦割り意識だ。
この縦割り意識も、特定の部署に思考を依存しているからこそ起こることである。なぜなら、合理的に考えて全体の利益になることであれば、考えるまでもなく進めるべきだからだ。例え、自分の部署が一時的に業務量を増やす事になっても、人員や商圏を譲ることになっても、そこに合理性があるのであれば、甘受すべきなのだ。
しかし、そこで多くの人が、自部署の利益を優先してしまう。「総論賛成・各論反対」のように、一歩引いて見れば合意できるのに、自部署の事となると「話は別」となるから不思議である。
それを推進者として経験すれば、如何にこの思考停止が問題を引き起こしているかを理解していただけるだろう。
 
これらの根本は、寄らば大樹の思考であり、大樹が決めた事に対しては口をはさまないばかりか、自分で考え直すことすらしないのである。そのような組織に明日があるのか、私は甚だ疑問である。
少なくとも、そのような甘い環境が許され続けるとは思わない方が良い。大量のリストラや採用抑制があったのは、つい最近のことである。私が就職した時は、まさにその時代であり、現在、30代前半の主戦力不足が、多くの企業で課題となっているが、それも、大企業が中心に行った横並びの採用抑制の結果なのだ。
くれぐれも「大企業に入れば安全」などと、思考を停止させない方が良いだろう。もちろん、借金体質改革に道州制導入による行政の大改革を控えた公務員も、それは同じである。せめて、自分のことくらいは、自ら考えて意思決定して欲しい。
 
<strong>【変革恐怖症候群】</strong>
 
「わが社（部）では、昔からそうなっている」
私は何度この言葉を聞いただろうか。最近では、聞いた瞬間に苦笑が抑えられないくらいである。
 
私は主に改革と企画という新しいものを創造する仕事をメインにやっていた。つまり、変化がないところでは仕事がない。
そのようなキャリアを積んできたので、変化に対しては何も感じないが、そういった仕事を通じて、逆に、多くの人は変化を本能的に恐れる・避けることもわかってきた。
確かに、仕事に慣れてきた途端、部署異動をさせられ続けたら、さすがにまいってしまうのはわかる。仕事とは、勉強ではなく成果を出すことで評価される世界だし、人は何であれ評価されることを望む生き物だからだ。そろそろ慣れてきて上手く成果が出せそうだというタイミングで、次のステップへ、と言われると、「今からなのに！」と思う心情はわかる。
 
しかし、変わらなければ、「緩慢な死」が待ち受けているだけだ。先延ばしすればするほど、病は悪化していき、治療方法も副作用が大きいものに限られてくる。世界規模での競争が普通となった以上、前と同じことをしていることが、最大のリスクなのである。これは、小資源国である日本は、決して避けられないことだ。
「変える＝悪」のように思い込み、それ以上、思考が進まない人が多すぎる。「やれと言われれば協力する」などと言うが、そもそも自分の仕事を変えるのに「協力する」はないだろう。既に、この時点で、自分が変える、という事に対して、思考が完全停止してしまっているのである。
 
変革に対する抵抗は、非常に強いものがある。
日本は「既得権益」社会だと常々感じるが、一度得たものに対する執着心は、何についても非常に強いものを感じる。そこに良いか悪いかの判断はない。しかし、伝統と歴史を重んじる事と、単なる過去への執着は異なる。変えて良くなるのであれば、恐れずに変えた方が良いに決まっている。冷静に考えれば当たり前だ。
しかし、現時点において得られたものを失うリスクも当然ある。「えびで鯛を釣る」ということわざがあるが、そもそも「えび」を餌として失わなければ、鯛は得られない。リスクを全く犯さずに何かを得ようというのは、虫が良すぎる話だ。鯛の釣り場だけ占拠していても、鯛は得られないばかりか、他の人が鯛を釣る邪魔にすらなるのである。
 
最近、巷を賑わせているガソリン税の暫定税率問題もそうだろう。スカスカの高速道路やそれに付随する無駄な施設を作るために税率を上げているわけではないはずなのはわかっているのに、なぜ、ああももめるのだろうか不思議である。地方がもっと自由に道路を作ったり、再開発をしたり、医療に回せるように、数多くの特定財源を見直して一般化、または廃止し、地方が自由に使える形で渡せば済むことだ。その際に、それらの税源を活用するために、霞ヶ関の官僚が地方に移籍すれば、人材の問題も解決するし、併せて、無駄な特殊法人なども完全民営化させて一掃すれば良い。民営化すれば、多くの無価値な法人は潰れるからである。不謹慎かもしれないが、企業の人材不足も、少しは改善されるかもしれない。
いかに現状を変えずに済むかを前提に議論するから、おかしな話になると、なぜ、あれだけ学歴も高い人達がわからないのだろうか。不思議で仕方が無いが、それこそが、「変化に対する抵抗力の強さ」の証明とも言えよう。
 
しかし、一言だけいえるとすれば「変革なきところに創造はない」という事だ。そして、創造がなければ、よりよき社会や生活は得られない。
自らの行為が結果的にどのような影響を与えているのか。それを胸に、今何をすべきかを考えて貰いたい。
 
<strong>【自己保身症候群】</strong>
 
改革に携わっていると、総論賛成・各論反対、という言葉をよく聞く。しかし、それは本来の意味とは違うような気がしている。
本来の意味は、大きな流れとしては反対ではないが、細部になると相違が出やすい、というものだ。
しかし、私が知っている範囲だけで言えば、大きな流れとしては、自分（の部署）の関係が「見えない」ので賛成だが、細かな話になってきて、自分（の部署）が少しでも関係し出すと、意見が違う以前に「関係させるな！」と反対するのである。
意見の相違というよりも、「それは私の仕事ではない」と思っているからではないだろうかと最近思う。自分（の部署）が少しでも関係しそうになると、突然、異論を言い始めて、自分は無関係でいるように尽力するのだ。 
 
あるいは、「これでは決められない」という話もよく聞く。
改革の方法がわからないので提案して欲しい、と大半のケースで言われるのだが、提案すると、かなりの割合で、この言葉が返ってくる（更によくあるのが、「これはうちには合っていない」「うちは特殊だ」という言葉である…）。
「では、何があれば決められますか」と聞くと、「もっと私達の仕事を理解して貰わないと困る」だとか「これだけでは説明できない」と返ってくるが、「○○があれば決められます」という答えを聞いた試しがない。何をどう聞いても、如何にして自分達が決めずに済むか、その言い訳を探しているようにしか、私には思えないし、そのような回答をしていて、管理職者として恥ずかしくないのか、と呆れてしまうことも度々である。
 
これは、実はどちらも「自己保身」をはかっている結果の言葉である。
リーダーは、意思決定をすると、その決定に対して当然責任を負う。つまり、意思決定する事はリスクなのだ。
しかし、そのリスクを乗り越えなければ、大きな成果を手にすることもできない。
 
ただ、気持ちはわからないでもない。
失敗するのが怖い、という気持ちはわかる。しかし、リスクを冒さずに対価を得られるほど、現代は甘くはない。リスクはコントロールするものであって、避けるものではない。
だが、日本の村社会においては、成功することも避けなければならないのだ。こんな不思議な社会は少ないと思うが、ちょっとした成功をしても、上位者から妬まれる事はよくあることだ。特に、前任者でかつ上位者が、過去に挑戦して失敗したことを、成功させようものなら、その前から色々と妨害されると覚悟しておいた方が良い。これは、本当の話である。実際、私も失敗した前任者からは邪魔をされ、COOが出した方針（と呼べるほどのものではないが）がずれていたので、話半分に聞いていたが、そのCOOからは、成果自体を隠され、非合理な要求を突きつけられて改革を破壊された。
 
そうなれば、自己保身に走る気持ちもわからないでもない。
しかし、それが良いかどうかは別の話だし、決して良いとは言えないだろう事は賢明な読者ならおわかりの事だと思う。
自己保身のために、自らの関わる範囲を出来る限り狭めるやり方は、残念ながらこれからはますます通用しなくなっていくだろう。今からでも遅くない。自己保身の殻を破れるのは自分自身である事を、是非、思い起こして行動に移して欲しい。
 
<strong>【とりあえず症候群】</strong>
 
仕事をしていて「何でこんないい加減な仕事をして、疑問を感じないのか」と思う事はないだろうか。
配達時間を守らない時間指定の宅配業者、偽装食品を売る食品メーカーやスーパー、残業費を稼ぐためだけにダラダラと仕事をする同僚、「申し訳ございません」「ありがとうございました」もまともに言えない接客スタッフと、挙げだしたらきりがないが、視点を変えて、自分の仕事もそうなっていないか、と常に考えて、あなたは仕事をしていると言えるだろうか。
私は、年齢や役職に関わらず、実にいい加減な仕事をしている人を良く見かけると感じている。
 
本人は、「一生懸命やりました」「これだけ時間をかけました」というが、その仕事の目的を忘れて、単なる資料集めになっていたり、顧客に対する理解が思い込みだけで形成されていたり、大した評価もなく「これが一番です」と平然と言ってみたりと、追求すると「きっとそうだと思って」「とにかくやってみました」「面倒くさくてやりませんでした」「そこまで考えませんでした」などという言葉が返ってくるような仕事の仕方をしているのだ。
 
一応、思考は停止していないが、その思考が浅かったり、使い方を間違っていたり、質にバラツキが多いと、その思考自体が、周りに悪影響を及ぼす。
その事を、やっている人間はわかっていないのだ。
 
私は、そういった人間には、「教育」のために仕事を渡すことはあっても、完全に信用して「任せる」事は、始めからしない。「とりあえず」で仕事を行う人間には、厳しいようだが、付加価値など生み出せはしない。付加価値を生み出す仕事は、それ程甘いものではないのだ。
あなたも、ミスだらけの仕事を平然と「やりました！」とあげてくる人に、仕事を安心して任せられるか考えて欲しいし、社会人となる以上、それだけの気概でやって貰わねば、勉強を教えて貰う学生と何が違うのか、明確に答えることができないだろう。
 
仕事というのは、本来、その内容に「甘え」は許されない。「これくらいで良いだろう」という言葉は、決して吐けないような場所なのだし、それは、いつか自分に返ってくるものである。
いい加減な仕事には、いい加減な仕事で返される。
私も、真剣に仕事をしてくれる人には、きちんとした対応をするようにしている。それが、ビジネスパーソンとしてのマナーだからだ。レストランなどでウェイトレスの人相手に怒鳴っている人を見る事があるが、例え落ち度があっても、相手が真剣に仕事をしていれば、注意はしても怒鳴る事はないだろう。怒鳴る側のマナーがなっていないと思うし、そういう人に限って、自分の仕事はいい加減だったりするものだ。
 
完璧を目指せ、と言っている訳ではなく、トコトンやりきったと自分が言えるように仕事をし、失敗したら仕方が無いと思えるまでやったと言えるようになろう、と言うことだ。
こう聞くと当たり前のように思えるが、できていないシーンは私にも山ほどある。是非、そういった視点で日々の仕事を見直して、徹底的に考え抜くことを癖付けて貰えればと思う。必ず、どこかでそれを高く評価してくれる人が現れると、私は断言しても良い。それくらい、大切なことなのである。
 
<strong>【過去にしがみつくリスク】</strong>
 
私たちは「選択の時代」にいる。
 
不確かなものが、非常に多くなっている。いや、少なくとも「答えのない」ものを扱う事が増えているのは確かだし、幅広い意味でのＩＴの進展で、答えがあるものの価値は、急激に低下しており、「答えのない」ものから答えを見出すか、答えがわかっているものでも、それを着実によりよく進める努力をし続けるか、そのどちらかでしか、価値をつける事が難しくなってきている。
つまり、あらゆる領域においてもリーダーは選択する事が常に求められる。その対極が思考停止だ。多くの人が身近である企業においては、経営者・役員・中間管理職・プロジェクトリーダーなど、リーダーの立場にいる人が、少しでも思考停止に陥れば、その組織は周りからのプレッシャーに負けてしまうのだ。負けないようにしようとすれば、既得権益を守り、特権階級化を画策するしかない。しかし、それもこの世界においては、長続きしないだろう。旧共産圏も、テクノクラート化した特権階級への反発で、最後は崩壊したのである。
 
そして、個人として、冷静に考えて、どちらが健全だと思うだろうか。
私は、既得権益にしがみついて、何とか逃げ切ろうと思うよりも、自分が出来うる限り挑戦したいと思うし、それこそが、飢餓や流行病、戦争などの「死」から解き放たれつつある先進国に生きる者のつとめではないかと考えるのだ。
 
 
まとめてみよう。
「思考停止」には、幾つかの類型がある。
何も考えずに偉い人の言葉を受け入れる「神様症候群」、とにかく長いものには巻かれて、それに疑問すら抱かない「寄らば大樹症候群」、変わることは良い悪いを別として全て否定し、それ以上考えない「変革恐怖症候群」、自らの範囲を自ら勝手に定め、それ以外の事は徹底して関わらず考えようともしない「自己保身症候群」、言われたからやってみただけ、その後、それがどうなろうと知った事ではなく、結果に対して思考が停止している「とりあえず症候群」などである。
「思考」というのは、ある意味、「空想」という言葉があるように、どこまででも考えていけるものであるし、それこそが生物としての人間の強みである。そこに自ら枠をはめたり、思考自体を誰かに頼ったり、思考すること自体から逃れようとするのは、人として生きることを放棄しているのと同じであるし、そのような考え方は、決して、社会の更なる発展に貢献できない。
是非、自らに与えられた「思考」という才を最大限発揮し、新たなる社会の発展に挑戦して欲しい。時には辛くとも、それ以上の達成感が得られる事は、少なくとも保証できるし、私は、経験者として確信をもって薦めたいのである。そして何より、今の社会は、過去の人達の「思考」の賜物なのだから、私たちはそれ以上の者を残していくのが、現代に生きる者の責務なのだと考えるのである。
 
 
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◆筆者紹介
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   <title>プロフェッショナルな仕事とは ～そうでない仕事との違い～</title>
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   <published>2008-04-29T13:33:50Z</published>
   <updated>2009-02-27T10:11:28Z</updated>
   
   <summary>先日、時間を毎日自由に使いたいからプロフェッショナルになりたい、という話を聞いた。それ自体は、間違っていないが、私はどうしても違和感を拭えな...</summary>
   <author>
      <name>理事長　清水 知輝</name>
      
   </author>
         <category term="プロフェッショナル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      先日、時間を毎日自由に使いたいからプロフェッショナルになりたい、という話を聞いた。それ自体は、間違っていないが、私はどうしても違和感を拭えなかった。それはなぜだろうか？
少し考えてみると、プロフェッショナルの仕事の本質を勘違いしているからだ、という事に気がついた。では、プロフェッショナルな仕事とはどういうものなのだろうか。

      <![CDATA[ 
例えば、企画系の仕事は、プロフェッショナルな仕事でなくてはならない。
なぜなら、「答えがない」仕事であるため、その価値については、自己評価できなければならないし、○名分処理をする、というようなものではなく、期日までに企画案という「成果を出す」仕事だからである。
 
しかし、企画を担うものが企画だけしていたら、それは単なる企画屋で、実業においては、使い物にならない。企画担当者の責務は、その「実行」と実行した「結果」に対しても求められるものだし、そうでなくては、企画の仕事はするべきではないだろう。それがプロフェッショナルな仕事というものだ。
 
また、今、ある企業の管理部門改革の仕事に携わっているが、ご存知の通り、管理部門の仕事、例えば、経理や人事などは、かなりの部分がオペレーショナルな仕事となっている。いわゆる、プロフェッショナルな仕事の対極にあるものだ。
そこで、色々と議論をしていると、必ず「忙しくて（業務を変えるための）検討すらできない」という事を話す人がいる。
 
私は、コンサルティング会社出身（最初の会社）であるが、一時期、月300時間労働が続くようなハードワークな環境を経験しているので、たかだか200時間前後で何を言っているのだろうと、ついつい思ってしまったのだが、その人達の指す「忙しい」と、私が考える「忙しい」が、そもそも異なるのではないか、と思うようになってきた。
 
つまり、仕事で求められるものが違う以上、そこから発生する「忙しい」も違う、という事だ。
 
プロフェッショナルな仕事は、「決められた期日まで」に「相手が納得する品質・規模で」成果をあげる事が求められる。つまり、途中でどれだけ徹夜が続くような忙しさであろうと、早めに仕事を切り上げてジムに行ったり、お昼にカフェで思索にふけったりしようと、最後の成果を担保するために、定常的に「忙しい」訳ではないが、ある一定期間において、脳が汗をかくようなハイプレッシャーの中での突発的な忙しさ、を乗り切る必要がある。
 
それに対して、それ以外の特にオペレーショナルな仕事は、毎日毎日、あるいは、毎月決まった日に、いつも同じ程度の忙しさが、長い期間にわたって繰り返しやってくる。
つまり、ピークの高さは低くても、何度も続く「忙しさ」なのである。
 
前者が一瞬の瞬発力(のみ)を問われる短距離走、後者が持久力を問われるマラソン、というところだろう。
マラソンは、その中でのペース配分が重要視されるが、短距離走においては、スタートからの一瞬の時間の全動作が洗練されている事が求められる。
 
もし、プロフェッショナルな仕事で身を立てたければ、この一瞬の瞬発力を発揮し、何よりも最優先で臨む期間がある、という事を覚悟しなければならない。そうでなければ、成果など出せないからだ。だからこそ、その成果を出すまでの期間の時間の使い方は、プロに任されるのである。
 
私は、仕事以外の何かを常に優先したいのであれば、プロフェッショナルな仕事には就かない方が良いと感じている。仕事バカになれとは言わないが、実際、会社以外の場所でも、仕事のヒントがないか、常に考え続けているからだ。
それは、風呂に浸かっていても、カフェでラテを飲んでいても、通勤中でも、趣味に時間を費やしていても、河原で空を眺めていても、そうなのである。それほど、プロフェッショナルな仕事は、ハイプレッシャーなのであり、頭から離れないのだ。
 
誰しもが、プロフェッショナルになる必要はないと思う。それはある意味、生き方すら変えなければならないからだ。それでも、やりたい、やらなければならない、と思う人が、その重い責任を背負って戦うような代物であろう。
 
私は、そこに更に一歩踏み出す事を後悔はしないが、誰もが踏み出す領域でもないと感じている。
それに、オペレーショナルな仕事も、きっちり真面目にやり切るのは、相当大変な事だと思うし、価値は高いと思っている。そもそも、オペレーションをやり切れる人も、私はそれ程多くは知らないくらいだ。そこにチャレンジする事も価値ある人生だと思うし、それも追求すればプロフェッショナルな仕事になるだろう。
 
ただ、もし、企画やリーダーなどのプロフェッショナルな仕事に就きたいならば、まずは、自分にそれだけの覚悟があるかを問うべきだ。そうでなければ、より多く、また、より深く、周りの人達に迷惑をかけるだけであろう。「いつも忙しい」と言っていられる世界では、少なくともないのである。
無いものねだりだけはしたくないものだ。
 
 
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◆筆者紹介
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   <title>航空会社は機内食をコンビニのお弁当にせよ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fri-associates.com/blog/marketing/000216.html" />
   <id>tag:www.fri-associates.com,2008:/blog//2.216</id>
   
   <published>2008-03-14T03:30:01Z</published>
   <updated>2008-03-14T03:33:14Z</updated>
   
   <summary>　海外から帰るといつも思うことがある。あの機内食だ。世界でこれほどまずい食事があるのかというぐらいのひどさで、JALだと、カップヌードルでさ...</summary>
   <author>
      <name>創設者　河合 拓</name>
      
   </author>
         <category term="マーケティング・ブランディング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fri-associates.com/blog/">
      　海外から帰るといつも思うことがある。あの機内食だ。世界でこれほどまずい食事があるのかというぐらいのひどさで、JALだと、カップヌードルでさえビジネスクラスにいかないと召し上がれない。これは異常だと思う。




      <![CDATA[

　これに比べて、激しい競争原理の結果味やボリュームなど自助努力をつづけているのがコンビニのお弁当だ。さすがに、スーパーなどのお総菜コーナーのお弁当には負けるが、クイックランチで食べるにはそこそこいける味だ。この両者の決定的な違いは競争原理が働いているかどうか、であろう。


　飛行機の中は、ある種独占状態だ。例えば、JALに乗ればJALグループの子会社が「これでもか」というぐらいに販売をおこなっているが、センスはダサダサ、食事の味は最悪という状況に陥っている。不思議なのは、どこの航空会社に行っても同じ状況だと言うことだ。以前、どこの航空会社か忘れたがハーゲンダッツが出てきたことがあったが、このように他ブランドのものを出すことだって、やればできるはずだ。おそらく、業界の人は通関手続きが、とか、関係子会社でなければ品質の維持が、などといろいろいうに違いない。しかし、私から言わせれば、そんなものは提供者の論理であって、受益者の論理じゃない。結局は、こういうことを本気でやろうとしていないだけなんじゃないかと思う。


　JALが第三者割り当て増資で大幅な資金調達を行うらしい。本業が赤字という。当たり前だと思う。あのまずい飯を平気で出し、死にそうなほど窮屈な席に10時間近く縛り付け、あんな飛行機、誰が乗るもんかと思う。以前のように、スチューワーデスが年収700万を超え、毎日タクシーの乗り放題というのは無くなったようだ。しかし、顧客サービスは一向に向上していない。マイレージプログラムなどで顧客に差をつけるのはよく分かるが、ボトムラインがひどすぎるのだ。


　私は、まず機内のエコノミーの席を真ん中の席をはずし、ビジネスクラスよりちょっと狭い、今のエコノミーの席よりもっと拾い席に移し替えるということを提案したい。もちろん、最大積載率は減るかもしれないが、おそらく、エコノミー席にのっている乗客の6-70%は激安ディスカウントでチケット購入しているはずだ。ここにプレミアムをつけ、激安をなくす。この比較を本当にシミュレーションしてもらいたい。


　次に、機内食をコンビニのお弁当にする。コンビニお弁当であれば原価は2-300円ぐらいだから、大量購買すればさらに安くなるはずだ。セブンイレブンなど、大手と組み、安定的に機内食を供給できる体制を作る。もちろん、現在のグループ食材提供会社は、市場の競争原理にさらし、コンビニと競争させればよい。通関上、制度上問題のあることはセブンイレブンと話し合い解決する。また、吉野屋などと組んで、機内食で牛丼が出るとおもしろい。


　さらに、ビジネスクラスでは座席にインターネット接続サービスをとりいれ、座席にコンセントを組み込む。今もやっているところもあるが、もっと広めてもらいたい。さすがにテレビを一席一台などとはいえないが（アジアの航空会社ではそうなっているところもあるが）、せめて座席だけはもっと広くしてもらいたい。


　ファーストクラスで、食後にウエッジウッドのコーヒーカップがでるなど、表面的なことに感動する暇があったら、ウエッジウッドの中に入っているまずい食事を改善する施策を考える方がよいと思う。合理化とコストダウンばかりやっていて、牢獄のような座席と刑務所の飯のような機内食をひたすら提供し続けている航空会社に、顧客プレミアムを実現することなど無理だと思う。もし、上記が実現できれば、私は時間を調整してでも、この航空会社にすると思う。それほど、エコノミークラスの空の旅は苦痛以外の何者でもない


* この文章は河合拓の個人ブログ 「事業再生コンサルタント河合拓の視点」の過去のものから抜粋しています
もっと読みたい方は→<a href="http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/09/P0000975.html">http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/09/P0000975.html</a>



【著者】
河合　拓　(かわい　たく)
経営コンサルタント　広く流通、小売業界に対して事業の立て直し、組織改革などを行っている。得意領域はマーケティング、事業戦略、生産性向上、営業改革、ナレッジマネジメント導入など。手がけた企業は国内外の大手上場企業。製造業、IT 企業、総合商社、流通企業など。赤字の上場企業を半年で黒字化させるなど、過去5社の立て直しを行いすべて成功裏に終わっている。


NPO法人FRIの設立者（現在はシニアアドバイザー） 自民党への政策提言、私立大学と大手商社と産学協同ブランド開発プロジェクト、大学生向け就職支援、中小企業向けコンサルティングなどを行っている。


(講演、執筆）
繊研新聞　（全国紙)
「ザ・ターンアラウンド」アパレル業界の事業再生　2007年 9月より連載予定
「間違いらだけのQR」「ファッション業界は08年に起きる地殻変動に備えよ」連載
チェーンストアエイジ　「キャッシュフロー経営」
大手都銀向けビジネス雑誌寄稿
大手製造業向けビジネスマガジン寄稿
政策学校一新塾 (大前研一設立) 講師　経営戦略アドバイザ
「ロジカルシンキングと会議の設定」
「仮説構築と情報収集、分析の技術」
「プロジェクトマネジメント」
「モチベーションマネジメント」
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